[原案] 「殺せない殺し屋に仕事は無いよ」と、斡旋屋の婆さんにすげなく言われる。元凄腕だが、ある事件で〜(お約束) そのやり取りの最中に、一人の少女が〜「殺せない殺し屋? 面白いわ。私が雇ってあげる」――と (まぁ、バウンティソードのソードとオフィーリアみたいな流れですな。ちょっと『図南の翼』似かも) で、やっぱり深みを出すのに対比……殺しすぎる男か。殺し屋だと普通……ボディーガードだとCLAMPの真似になる(あれはお庭番だけど) ……暗殺者? ま、妥当なとこか。となると、その男に引き回される依頼人の女性(あるいは少女)か…… =============================== 殺せない男 殺せない殺し屋? おもしろいわね。 いいわ。雇ってあげる。 [殺せない男] 「どうして、俺みたいな“役立たず”を雇った?」 仲介所を出て、それなりに人通りの無い通りを歩きながら、当然といえば当然の疑問をぶつける。 「あら、自覚はあるのね」 可愛い顔をして、平然と辛辣なことを言う。 だが、殺すことが仕事である以上、それが出来ない者が“役立たず”というのは確かな事実。 それでも暗殺者として留まっているのは――。 「ま、いろいろと理由(わけ)があるのさ」 「ふ〜ん」 興味深そうに。確かに珍しいだろう。「殺せない殺し屋」など。だが、その理由だの何だのは、初対面の相手に話すようなことではない。 「一つ聞いていいかしら」 「答えられることなら、な」 歩きながら――どこに向かっているかは知らない。また、とりあえずはどうでもいいことである。立ち止まって話し込むよりも、人目につきにくい。 「そうなってから、長いのかしら?」 本当にどうでもいいような事を、聞いてくる。少なくとも、依頼には何の関係も無い話。 「二年、ぐらいか」 「その間?」 どうやって稼いでいたのか、と。 「ああ。察しのとおり――じゃないな。ま、依頼しておきながら、状況が変わったり、考えが変わったりといったのも、意外にいるものさ」 「キャンセル料……ね」 大体において、報酬の二割から三割。もちろん、そうなりそうな依頼を見抜き、十分な下調べも行った上でのことだ。馴染みの仲介人であれば、わざわざそういう仕事を廻してもくれる。 そして、それは外れてはいない。今のところ、彼の経歴に傷が付いたことはない。 つまり、先程仲介の老婆が言ったのは「今現在、そういう依頼人はいない」という意味。 「もういいか?」 他に聞きたいことがあれば、さっさと済ましてくれと。 「そうね。今のところは。また考えておくわ」 そんな風に、悪戯げに笑う。 (なんなんだか……な) 「で、どうしてだ?」 「ん?」 「分かっていながら、普通はわざわざ雇わない」 先程の話に戻す。何故わざわざ、そんな者を雇ったのか。おそらく「興味があった」だけではないだろう。 ……幾らかはあったようだが。 「おじさん」 「クーディアス。クーディアス・フェルンだ」 よほど”おじさん”と呼ばれたくなかったのか、すぐさま名を告げる。 「じゃあ、クード」 初対面、しかも断定形で、勝手に人を愛称で呼ぶ。 「……」 (口調といい、その図々しさといい、こんな年で暗殺者を雇おうなどというんだ。かなり――あるいは、貴族の娘などかもな) 加えて言うと、気品や、人を使うのに慣れている感もある。 着ている物にしても、豪華、派手というのではないが、品があり、一目で高価なものと分かる。 どう見ても普通ではない。人物も、おそらく状況も。 「暗殺者でしょ?」 真顔で、当たり前なことを言ってくる。 「は? お前は、何をしにあの場所に――」 「そうじゃなくて」 クードの言を、スパッと遮る。じっと見つめる、幼い依頼主の瞳。 ”暗殺者”もちろん一般的には文字通りの職業人を指すが、もうひとつ。隠れた意味がある。 「……ああ」 別に隠すようなものでもない。名前すら本名だ。彼がしばし口篭ったのは、なぜそちらの意味をこの少女が知っていたのか。 それは、よほど地位の高い所にいるか、非常な偶然(大体において”幸運”ではない。むしろ、不幸の方に天秤が傾く)によって。さもなければ、そちら側に非常に精通しているか。 「やっぱり。前に一度だけ会ったことがあるのよね。雰囲気は全然違うけど、根っこの部分は同じ」 彼の脳内で渦巻く疑問に気付かず――あるいは、意図して気にせず、あっさりと言ってのける。 「冷たい、闇の底」 「……」 「いい眼力だ」 暗殺者一般も闇を宿しているが、さらに何歩も踏み込んだそちら側の人間は、それとは比較にならない。 が、ゆえにそれを隠すのも巧い。剣の達人……そんな雰囲気だ。ぱっと見ではなく、熟練の暗殺者ですら、そう信じて疑わないほどに。 「そ? ありがと」 そっけなく、なんでもないことのように。実際、彼女にとってはそうなのだろうが、十分感嘆に値することである。 「で?」 「なに?」 聞きたい事は分かっているくせに、あくまで相手に言わせようとする。 「俺は、何をすればいい。何を、させたいんだ?」 そんな遣い手を要するような事とは?。 「そうね……とりあえず、護衛」 「は?」 少なくとも、暗殺者に護衛を頼むというのは聞いたことがない。そもそも暗殺者というのは「警戒厳重な屋敷などに侵入し、主の息の根を止める」といったことが仕事である。まぁ、その技能を応用して人質救出なども出来なくもないが。 だがしかし「護衛」つまり”護る”ことに関しては、完全に専門外。素人同然といっていい。そもそも、そういった用途ならば、それ用の組合(ギルド)があるのだし、どう考えてもそちらの人間の方が、技術、経験共に遥かに長けている。 「とりあえず、よ。そのあと」 「……ああ。わかった」 なんというか、反論しても無駄に思えた。どちらにせよ、する事も無かったし、まあいいか。そんな事を考えもした。 「報酬は?」 「内容も聞かずに、妥当かどうか判断できんね」 腹の探り合い。といったところだろうか。やはり、何をするつもりなのか聞かされないというのは、少々気味が悪い。 「ん。妥当なだけは払うわ」 あっさりと言ってのける。物言いといい、身に付いた気品といい、やはり良い所の娘か。 (払いの心配は無いようだが……。それ以前の大事(おおごと)に巻き込まれないとも限らんな) なんとなくな予感は、見事に的中するのだった。 [出会い] 「殺せない殺し屋に廻す仕事は無いよ」 あっさりと、そう言われる。それなりに長い付き合いであるこの老婆は、どうにも偏屈というか、気難しいというか。……暗殺者ギルドの仲介人が陽気だったり、人懐こかったりすると、確かにその方が気味悪いのだが。 「……仕方ない。退散するか」 「さっさと往(い)ね」 それにしても、もう少し言いようがあるんじゃないか。そんな事を思いながら部屋を出ようと振り返る――その瞬前に声が掛けられる。 「殺せない殺し屋? 面白いわ。私が雇ってあげる」 腰に手を当てて立っていたのは、まだ十歳程度の、透明感のある淡い黄金(きん)の髪の美少女だった。 「本当にそいつでいいのかい?」 という、婆さんのあまりにも失礼な言葉にも「いいの」とあっさり答えた。 少々キツイ顔立ちだが、鄙には稀な――というと語弊があるか。都会――王都でも滅多に見ない、絶世である。 なんというか、そっちの趣味が無くてもくらっと来るのではないだろうか。 (あと六、七年後ならな) 正直、そう思わないではない。 「ファーリア、よ」 名前だけ告げる。姓を名乗らないというのは、こういう時には正しい判断だ。 「その前に、一つ聞きたいんだがな」 「あら、何かしら」 「どうして、俺みたいな”役立たず”を雇った?」 [契約初日] 「さて。こいつ、どうすればいい?」 ずっとつけていた男。おそらく、雇い主の元へ報告にでも行くのだろう。 「そうね。雇ったのがばれると、少々――」 にこやかに首を掻き切る真似をしてみせる。そんな気も無いくせに脅かしてみるあたり、けっこう悪趣味だ。 (しかも、そのあと可愛く小首をかしげて「〜でいいかな?」というゼスチャーをするのはやめろ) いわゆる「俺は極悪人か?」という心境。その真偽はともかく、弱い者を弄(いじ)って楽しむ趣味は無い。 「か、勘弁してくれ。お、俺はもう手を引く!」 「あんなこと言ってるけど」 すっかり怯えきった小者をチラリと見、そう尋ねてくる。純粋に最善を問うているのではなく、どう対処するのかを拝見させてもらおう。というようなとこか 「ま、どっちにしろだ。何か有ったのはばれる」 「そう、ね」 帰らないだけならば、まだ確信というところまでは、いかないかもしれないが。 「いいわ。見逃してあげる。このまま逃げるも、律儀に報告しに帰るも好きになさい。ただ――」 「二度と俺達の前に姿をあらわすな」 後を、クードが継ぐ。もちろん。 「今度は、その命亡くすと思え」 しっかり脅しておくのも忘れずに。 「いつから気付いてた?」 ゆっくりと通りを歩きながら。 「かなり前から、ね」 何の気なしに言う。それは、けっしてハッタリなどではない。仕事の内容から考えると……。 「テスト、というわけか」 「それだけじゃないんだけど」 なんでもない、というふうに歩いていく少女。 (確かにあの男の尾行は、巧いといえるものじゃ無かった) 気配を消しきれていない。わかる者が見れば、かえって不自然といえる。とはいえ――。 (とはいえ、少々勘の鋭い程度では気付かないだろう。それぐらいであったことも、確かだ) 少々、やっかいな仕事になるかもしれない。 (いや、そもそも出会いからしてあれなんだから、普通でなくて当然か) 久々に面白くなりそうだ。どこかでそう感じている自分に、苦笑する。 どちらにせよ、しばらく退屈することは無いらしい。 「ほう。帰って来ない、か」 少し暗めの部屋。調度品から見て、ここがこの城の主の部屋なのだろう。豪奢な椅子にゆったりと腰をおさめている男は「少しは面白いことになりそうだ」とでもいうように、かすかに笑みを浮かべる。 「は」 報告に来たのは、腹心――でもなんでもない。ただの雇われ者。しかし、確かに彼の右腕であり、一日のかなりの時間、男に付いている。 エンフィール。全く知られていない名だが、この城の――いや、領の誰よりも、そして遥かに強い。 「なるほど。あのお嬢様、それなりの駒を手に入れたらしい」 天性のものらしい並外れた勘と、頭脳。加えて、これまで生きて来た環境。あえて、気付かれる程度の遣い手を出したのは、それがどうなるかによって、彼女自身を把握するため。 何も無ければ、気付かぬ振りで放っておくだろう。何かあれば――。 (そして) それに対し、どんな処置をするのか。あっさり殺すか。それとも……。 「次はどうしますか」 言う男も、表情にわずかな興味を浮かべている。強者との斬り合いこそ、この男の愉しみ。自ら出向いてみたい。というように。 「いや、お前はここにいろ。カードをだす。狂獣をな」 「……」 狂獣。そうよばれるのは、獣でも、もちろん太古の昔に滅んだという魔物の類(たぐい)でもない。そう呼ばれるほどの、狂人。 殺しの命令こそ聞くものの、それ以外を殺しすぎる。一人殺すのに、周り十人はついでで殺す。非常に扱いづらい男。 「実力を知りたい。あれを退けるほどであれば、少しは真面目にやらんとな」 それでも未だ飼われているのは、それなりの強さを持っているから。しかし、そろそろ潮時である。強き者も多く入り、何よりこの男自身が、狂獣のそんな遣り方に我慢できなくなっている。 これで死ぬも構わぬ。いや、むしろ――。 「しかし……」 「ああ、そうだな。あれを出すとなると、監視役がいるか」 下手をすれば、ファーリア――大事なお嬢様にすら危害を及ぼしかねない。それこそ、最も困ること。 「いいだろう。一任する」 (フフフ……どこの誰だか知らぬが、お嬢様をしっかり護ってくれよ) [暗殺者の夢 〜出会い〜] 「くっ、しくじったな……」 依頼を、ではない。標的は確実に長夜(ちょうや)の眠りについた。だが、護衛の中に思いのほか腕の立つ者がいた。 すでに多くの護衛を片付けた後だったが、何とか倒すことに成功し、無様に命乞いをする標的を仕留めた。いくつかの傷を負ったが、致命傷どころか、深手ともいえないようなものばかり。 そのはずだった。 「毒の類か。魔剣士だな」 剣自体に何かが塗られていたという事も無いし、現実の毒は大抵無効化できるだけの鍛え方をしている。 稀な部類に入るが、毒系統の術を剣にのせる魔剣士がいる。大抵は、麻痺や睡眠、即死効果を持たせるのだが……。 「血が止まらない、か。実に珍しい。が、少々深刻だな」 傷口が閉じる事無く、延々と血が流れ続ける。血液の凝固作用を阻害しているのか。 護るためでなく、殺すための剣。それも、自分が敗れたとしても、傷を負わせれば勝ちというタイプ。 あるいは、護衛が主ではなく、殺し専門だったのかもしれない。 「もはや、どうでもいいことだがな」 夜道を、今回の為に用意された隠れ家へと歩いているが、次第にふらついてくる。仕事柄神殿に立ち寄るわけにもいかないからだが、隠れ家にある薬でどれだけの事が出来るかは、正直分からない。 「しかし、まぁ……その心配も無くなったわけだ」 自嘲気味に。結果的に、相討ちに持ち込まれたことになるのだろうか。 「もう、体が動かん」 足が止まり、意識を失った体は、ドサリという音と共に地面に倒れこんだ。 「ん……」 ゆっくりと目を開く。視界が霞むが、何か違和感を覚える。 「あ、気が付いた?」 隣の部屋から、若い女が駆け寄っている。包帯や薬を持っているところを見ると、看病してくれていたらしい。が、その顔に見覚えは無い。 「む……」 「ああ、起きないで。一応傷は塞がったけど、まだ無理はしないほうがいいわ」 慌てて押し留める。 「体を回復させるためにも、今は眠っておきなさい」 ちょっとお姉さんぶったような口調でたしなめる。どちらにしろ、ろくに体を動かせそうも無い。 「礼を言っておく」 「はい。言われておきます♪」 数日後、ようやく体を起こせるぐらいにはなった。まだ動き回る事は止められるが、それもそう長いことではないだろう。 「神殿に運ぼうかとも思ったけど、なんだか訳有りのようだし、第一それまでもたないと思ったから」 道に倒れていた、見知らぬ者――それも、自分で訳有りのように見えたというような男を、普通拾うか。 「人助けが趣味ってわけじゃ無いんだけど、ね。悪い人には見えなかったし」 「それに、こう見えても神術士だからね」と。もちろん、だからといって、人助けをしなければならないという理由にはならないのだが。 「悪い人……ね。あいにく、何十人と殺してきた極悪人だ」 「あら、それなら私も十分極悪人よ」 本気なのか冗談なのか、しれっと言う。そのいたずらっぽい笑みは、それが事実なのか、からかっているだけなのか、見通せない。 「それに、そんな事で悪人かどうかなんて計れないと思うわ」 「……変わった女だ」 今まで会ったことが無いタイプ。……いや、そういえば、どこか似ているかもしれない。 「そう? よく言われる」 「そうそう、自己紹介がまだだったわね。わたし、エリス・ニードラッド」 にっこり微笑み、手を差し出す。 「クーディアス・フェルンだ」 わずかな迷いの後、その手を握る。 ……。 「じつに、懐かしい夢だ」 あの時会わなかったら。 助けられたのは、命だけではない。すでに死んでいた、心の方も。 「いい思い出だけなら、良かったんだがな」 終わりはすべて、悪夢に繋がっている。 (……) 「ま、寝るか」 とりあえず。今度は、何も夢を見ないことを願って。 [狂獣] 「荷物持ちはごめんだぞ」 ただ今二人は、大通りに出てきている。狙われているからといって、大人しくしていようという気は欠片も無いらしい。 (宿に居ようと、安全でないのは確かなんだが――な) もちろん、外の方が危険度は上がる。しかし、いくら超一流と名がつく所であっても、一日を宿の中だけで過ごすいうのは、精神衛生上よろしくない。 あるいはその為か。などとも。自由に行動するために。 「そこまでは言わないわよ。とくに何かを買うつもりは無いし。そもそも、そんなことをしたら、何かあったとき困るでしょう?」 「私が」と。例えば両手がふさがった状態。手を離して荷物を落とすにしても、やはり隙は出来るし、そのうえ品物の方も台無しになりかねない。 「昨日だけで五人。人気者だな」 依頼を受けてから三日。その間、幾度となく襲われた。そのどれもが、大したことのない相手ではあったが。 「ん……」 「きっと、嫉妬してるのね。こんな美少女と一緒にいるから」 (……) 意外にというかなんと言うか、けっこう軽口を叩いたりもする。 (ま、無愛想だったりするよりは余程いい) しかし、実際標的は、最初からクードである。向けられた殺気は、間違いなく。このお嬢様を狙うなら、分かる。その際に邪魔になったから、というのも分かる。だが、初めからというのは全く理解できない。 普通、暗殺者という人種は、目標以外に手を出さない。もちろん、ピンからキリまでいる中で、そんなスマートでない者も少なくないのだが。とはいえ、戦闘馬鹿でもない限り、わざわざ苦労したいという者はいないはず。 「なにか、あるか……」 「なに?」 独り言を耳ざとく聞きつけ、振り返る。 「何でもない」 「……こともないか」 「?」 背後から、殺気の塊が近付いてくる。今までの刺客とは全く違う。まさしく「撒き散らす」というのが相応しい。特に心得のない者でも、感じられるほど。 「見つけたぜぇえ?」 姿を見せたのは、二mはありそうな大男。筋肉の方も、胸が悪くなりそうなほど付いている。 どことなく崩れたような喋り方。クスリでもやっているのか。目付きもどこかおかしい。 「……なんだかな」 どうにも関わりたくないタイプだ。 「くそっ! 殺しやがれぇえええ!!」 倒れたまま、その刺客――狂獣と名乗った筋肉男――が喚く。 「その必要は無い」 「筋を切った。その手では、もう握れん」 剣も、拳も――人の、命も。 「くっそおおおお!!」 そのまま去っていく二人に、恨みのこもった叫びを上げる。 殺さず、殺させず、しかも苦しむように。それが、この男に与えられた――罰。 「くそがああっ!」 「ならば、私が殺して差し上げましょう」 今まで完全に気配を断ち、一部始終を見ていたエンフィールが、冷笑を浮かべ、言う。 「ゴミの処理を自発的にするなんて、なんていい人なんでしょう」 そう嘯(うそぶ)きがら、目を空に向ける。良い天気だ。そんな笑顔を浮かべつつ、男など一切見ずに。 首を刎ねる。 「どうした。やられたか」 「はっ」 あらかじめ予測していたかのような、いや、していたのだろう。驚く様子もない。 「あのお嬢様が選ぶのだからな。生半な者であるはずもない」 「くっくっく……」愉快そうに笑う。 (そうでなければな) そうでなければ、自分の願いを叶えることは出来ない。 「処理は」 「まだ息がありましたので、始末しておきました」 何のこともないように、あっさりと言う。 「ご苦労」 役を終えた駒を抱えるほど、お人好しではない。 「そうだな。様子を、簡単に聞かせてもらおうか」 さほどの興味を持っていないようでありながら、そう。 「おら、邪魔なんだよ!!」 そう言って――手甲のそれぞれの指から伸びた十五cmほどの爪状の刃。それを、前方の通行人に突き刺し、引き裂く。 「ちょっと!」 人通りの多い大通りで、見境なく。その蛮行に、思わずファーリアが叫ぶ。 「誰だか知らないけど、私を――」 続けようとするのを、クードが押し止める。前方――その男にとっては背後から、五人の市街警備隊が走ってくる。ちょうど近くをパトロール中だったらしい。 「貴様、街中で何やってる!」 中でも一番若そうな、金髪の熱血漢らしい青年が詰問する。 「うるせぇよ」 打ち振るわれる爪刃。右手を剣の柄にかけたまま、青年は胸を切り裂かれ、前のめりに倒れる。 「!!」 残る四人が、すかさず抜剣し、かかっていく。 五人一組でパトロールしているのは、ただ臆病だというわけではない。当然、多対単の闘い方も身につけている。 「遅ぇんだよ!」 囲まれるを待たず、自分から向かう。左右から来る兵の剣にその刃を叩きつけ、叩き折り、そのまま胸部を裂く。 「熊壁(ゆうへき)羅衝(らしょう)」熊が、その手を獲物に叩きつける様を模した業。 「おら!」 そのまま、前方から来る男――ちょうど身を屈めながら、足に斬りつけようとしていたのを、下から蹴り上げ、吹き飛ばす。 鎧を着ているといっても、皮製の簡素な物。石柱すら蹴り砕きそうな一撃を受けては、ひとたまりもない。 「がっ!」 「ぐっ!」 足を狙う男の後ろ。前が屈んだことにより、ちょうど空く。虚を突いて殺人鬼を突き刺すつもりだったらしいその男も、一緒に転がっていく。 「そら、しまいだあ!!」 叫ぶと共に跳躍。一跳びで数m。前の男の頭に着地し、そのまま踏み潰す。そして、身を屈めながら、後ろの男の喉を突き刺す。 「ケッ。弱いクセに調子乗ってんじゃねぇよ」 荒んだもの言い。他人の命を奪うと言うことを、全く何とも思っていない。「人間の屑」そう呼ぶに相応しい生き物。 「それは――お前にも当てはまるな」 べつに彼らを見殺しにしたつもりは無いが、さすがに気分が悪くなる。この挑発にも、からかいの色はなく、静かに燃える怒りがある。 「なんだと? なめたこと言ってんじゃねぇぞ! この俺を”狂獣”と知って言ってるのかあ!?」 「知らんな」 どこまでも冷たく。 その言葉は、相手の激昂を誘う 「ふざけやがって!! そこのガキぶっ殺す前に、お前からだああ!!」 監視役であるエンフィールにとって、聞き捨てならないことを吐きつつ、しゃにむに突進していく。 キン! 剣光一閃。向かってきた狂獣とやらは、その爪刃を斬り落とされ、その手首を切り裂かれる。さらには肩、腹、胸、脚……全ては一瞬。 最後に、顎を柄で突き上げ、浮いた所に蹴りを叩き込む。 「弱いな。お前こそ」 「……ははは。そうか、そこまであっさりとか」 軽い嗤い。正直、気に食わなかった者だけに、同情だとかんだとかいうものは湧かない。そもそも、平気でファーリアを殺そうとしていたこと自体、万死に値する。 (それにしても、息がある、と) そういえば、今まで送った者達も、誰一人として殺されていない。 (殺す価値も無いということか。あるいは――) 「なにか?」 「いや、いい。そうだな……無駄飯食らいが居ただろう」 高い金を払って飼っている以上、しっかりと役に立ってもらわなければならない。 「レッドシェード。ですか」 「あと、リーブズナイツの連中もだ。同時にぶつけろ」 有名な殺戮剣士と、同じく有名な殺戮集団。名前が売れていることと強さとの関係の問題はさておき、共に強い。先に死んだ、狂獣などよりもよほど。 「”お嬢様”には指一本触れるなと言っておけ。破るようなら、始末しろ」 改めて言い渡す。少なくともレッドシェードの方は、自分が気に食わなければ容赦しないタイプだ。その分、プロ失格とも言えなくはない。 「はっ」 「ふ、ふふふ。どうなるか、見物(みもの)だな」 実に愉しそうに嗤う。すでに結果を見ているかのように。そして、それが――。 「そんなに楽しいですか? 領主様」 エンフィールが男に。ファンゼットという、大陸の西寄り一地方を治める。ちなみに名前はリアレス。前に悪徳だとかは付かないが、しっかり二つ名はある。それも、あまり宜しくないものが。 「お前に領主などと呼ばれると、嫌味に聞こえるな」 「嫌味ですから」 しれっと。 「まったく……」 それに対し、怒ることもなく苦笑いする。 最近――というか、原因はわかっているのだが――自分でも温厚になったと思う。 この寛容さは、先日までは考えられなかったこと。 いや……寛容というよりは、無関心、か。何を見ても、何をやっても虚しい。 それは、こんな風に計画を練っていようと。その結果自体も。 「……それすらも、どうでもいいがな」 「は? 何か?」 ボソッと漏れた独り言。 「なんでもない。それより、監視役しっかり頼むぞ」 [殺し屋達] 「俺が先にやるぞ」 エンフィールに命を受けた後。レッドシェードが言う。頭髪を、燃えるような赤に染めた男。元の色は、白らしい。 昔しくじった時に受けた恐怖によって、真っ白になったとか。そう噂されているが、真偽は分からない。 「ほう」 それに対し、リーブズナイツ――七人の黒装束集団は「言うね」とでもいうように。 「集団でしか戦えないような奴らと、レッドシェードと呼ばれる俺様の違いを見せてやる」 からかいと嘲りが含まれたそれに全く気付かず、滑稽なほどの自信をもって言い放つ。 「……ご随意に」 (せいぜい拝見させていただきましょう) 言い終わると、腰の剣を鳴らしながら、荒々しく去っていく。 「隊長」 レッドシェードが去り、部屋に残ったのは彼ら七人のみ。 「放っておけ。炎と風を操る魔剣士。確かに言う程度の腕はある」 ひどく「程度」を強調して。 「捨て駒……ですか」 一人が言う。 「口が悪いな。相手の腕を見極めるための実験台。と言ってやれ」 隊長と呼ばれた男は、そう訂正する。実際、意味は変わらないのだが。 「ははは。そちらの方が酷いのではないですか」 「はははは」 [暗殺者の夢2 〜友〜] 「テメェに殺されるってんなら、まあ、悪くもねぇやな」 そう言うのは、親子と言っても通じるような年の男。少々――その首が飛ぶ程度のしくじりを犯した。 「……」 「しけた顔してんじゃねぇ。こういう日もくらぁな」 もう十分に生き、大して心残りもない男は、そう慰める。 「そういや、ガキが生まれたんだってな」 ふと思い出したように。 「ああ……娘だ」 「そうか。あのエリスとお前の子だ、さぞかし可愛くなるだろうさ」 ゆっくりと、タバコに火を付ける。胸から出る血が、手も、タバコも紅く濡らしている。 「こんな俺が言えたもんじゃねぇが、早いとこ足洗うんだな。情操教育に悪い」 「お前なら、そんな後ろ暗(ぐれ)ぇまねしなくても、十分やってけるだろうが。それだけの腕もってやがる」 彼自身と、その妻子のことを思って。じっさい、人を斬って金を稼ぐなど、続けていいようなものでもない。 「ふっ。言ってくれる」 苦笑。 「そう簡単に、抜けられるものじゃない。わかってると思うがな」 「まぁ……な」 その結果、自分は行く所まで行ってしまっただけに。 「だが、そのまま流されることだけはするんじゃねぇぞ? 俺みたいになる」 だが、だからこそ。 真面目な職人になる事を夢見た老人は、結局地下ギルドの長として、その生涯を閉じる。 「さ、そろそろ止めをくれてやってくれや」 「……」 相手に負担を与えないように、軽く言う。その心遣いが分かるだけに、なおさら痛い。 「死ぬなよ。大事な者を……死なすんじゃねぇぞ」 最後の言葉は、親友(とも)として、本当に心からの。 静寂の中、首を落とす音が聞こえた……。 「……今度は、れっきとした”悪夢”か」 フォルク・ラインド。数少ない、親友といえる男。 彼の目論みは、一国だけでなく、その周辺まで巻き込んだ。成功していれば、その支配力をより強める結果となっただろうが――。 失敗すれば、確実に命を落とす、危険な賭け。なぜそんな危ない端を渡ったのかは、ついぞ知らない。だが、それが失敗した以上、やらなければならなかった。どうしても。 ならば、自分の手で。他の者にやられるぐらいなら。 その判断は、間違っていなかったと思う。 今でも。 「だからといって」 だからといって、痛まないわけがない。 いっそ――。 「いっそ――恨んでくれれば、楽だったんだがな」 誰にだって弱みはある。他人(ひと)に言われるほど、強い人間ではない。剣の腕と同じほどに心も強ければ、あるいはもっと楽だったのかもしれないが。 「……」 「……クー、ド?」 !? 「ファーリア、か」 なんと言うか、一瞬、心臓が止まるかと思った。 自分のベッドから出て、こっちを覗き込んでいる少女。 「おどかすな」 多少、語気が荒くなる。内を見られた恥かしさも、ある。 「脅かされたのはこっち。ひどく、うなされていたわよ」 心配させられた。そんな、ちょっとした憤慨。 「すまないな。少し夢見が悪かっただけだ」 だから、気が立っていた。と。 「ま、いいけど」 そう言って、戻っていく。 「何かあるなら、話してくれてもいいわよ。話すだけでも、少しは楽になれる」 「それぐらいなら、相手してあげるから」 [刺客] 「くっ、馬鹿な。この俺が、レッドシェードとも呼ばれたこの俺が!」 膝を付き――もはや、立ち上がるだけの力も残っていない。 「哀れね」 冷たく言い捨てる。こういう、実力も伴わないくせに、自信だけは肥大しきったような者は、彼女の最も嫌う人種である。 (伴わない、は言いすぎか。確かに、それなりの実力はあるんだけど……ね) それ以上に、調子に乗りすぎている。 「何だと、小娘!!」 案の定、プライドを刺激された男は、状況も忘れて激昂する。 「確かに、な。名前が売れているのを誇っているようでは、しょせん二流止まりだ」 「なっ!?」 はっきり言われ、しかもそれが目の前の――自分が全く歯が立たなかった――相手だったことに、驚愕し、動揺をみせる。 一応、彼の名誉のために言っておくと、このレッドシェードという男、決してそこまで言われるほどではない。一流といえないにしても、十分達人と呼んでいい。まぁ、超一流をさらに突き抜けたクードにとってみれば、その辺りのチンピラと大差ないのだろうが。 「本物はな。名前も、姿形、性別すらも不明……。なぜだか分かるか?」 ゆっくりと、噛んで含めるように。 「死ぬからだよ。相対した者は、例外無くな」 本物の殺気。どんなに鈍い者でも、次の瞬間には命が終わるという、その事実を悟る。 「あ……う……」 「終わったな」 そのつぶやきは、対峙している二人にも、少し離れて見ている少女にも届きはしなかったが。 飛来した物体が、レッドシェードを通り抜け、完全に戦意を失い、茫然自失の態であった男の首が、一瞬後にゴトリと落ちる。 [七葉の騎士達] 「おみごと」 戻って来た得物を手にした男が、今の闘いを誉めながらゆっくりと歩み寄ってくる。その後ろに、同じく黒装束が六人。 「そちらこそ、一瞬で首を落とす業はなかなかのものだ」 止めようとすれば、容易に叶え得たろう事をよそに。 「仲間だったのだろう?」 別に非難するでもない。ほんの短い付き合いだったが、どう見ても嫌われ者。 「なに、依頼主が同じというだけのこと。それに、いくらか含みもあってね」 彼らにとっての”侮辱”は、宣戦布告も同じ。このように、何らかの形で必ず報復を受けることになる。 「すぐにやるつもりか。もう見極めはいいのか?」 彼らが、このタイミングで出てきたことの意味を正確に計って。そして、確実にその判断が間違っているということを、言外に含めて。 「ああ、十分だ」 男は、ニヤリと嗤う。クードの言葉の意味を、単なる皮肉――今さっき自らが殺した者と同じ、自らの実力を見誤っての自信と取って。 「だそうだ。お嬢様、少し下がってな」 少しというか、もう少し。数だけに、とばっちりを受けかねない範囲も広がる。そもそも、戦法からして接近だけではないようだ。 その装束の中に、幾つの武具を仕舞いこんでいるか。 「早くしてよ」 「さぁ……な。善処するよ」 勝つことを当たり前とする少女。それに返す言葉も、自身の勝利を微塵も疑っていない。 「さ、やろうか」 散歩にでも行くように、クードは言った。 「あ、あ、ああ……」 圧倒的な力の差。 おかしい。「予想をはるかに越える」どころではない。考えもしない、想像もできないほどの腕。 「いくつか教えてやろう」 すでに戦意の欠片もない男達に向かい。 「はじめに。お前達が、こそこそ隠れて伺っていたのは知っていた」 わざと力の限界を誤解させる。 「そして――」 とどめの一言。 「あの程度の小者相手では、十分の一も出す必要は無い」 「……」 既に全員が、腹を割っていた。捕まり、情報が漏れることを考えての、プロの覚悟。もちろん、クードもその依頼主であるファーリアも、そんな事はしはしない。 が、これは「騎士」を名乗る彼らのけじめ。人などといった”もの”に仕えるのではない。彼らが仕えるのは、自分たちの信念。それだけに、破約はありえない。 「どうして」 死体を打ち捨て――これには理由がある。ファーリアは「理由があるんだ」としか聞いていないが。宿へ帰る途中。 「なんだ?」 「わざわざ襲わせるような真似して」 非難するというほどでもないが、わずかに不満そうに。圧倒的な実力の差を知っていれば、闘いを挑んでこなかったはず。金で雇われただけの者達に、それほどの理由は無い。 「そうだな。奴らの依頼主に、どれだけの相手を敵に回しているのか教えるため。そして――あいつらが、本物のプロだったからだ」 「力で、正面からいって敵わないなら、背後から。あらゆる隙を突くために、いつまでも付きまとうだろう。影に潜んだ者は相手にしづらい」 「……そう」 完全に納得したわけではない。この男なら、どんな状況であれ、切り抜けるのではないか。そう思う。 「ま、いいわ。これからもお願いね」 が、それ以上我を張る事はしない。 たとえ敵であろうとも、必要のない死は回避したい。それは、あくまでも彼女自身の考えであって、他人に押し付けるようなものではない。特に、その者が、自分の事を考えてそうしたのなら。 「お手柔らかに頼むよ。お嬢様」 そういって。 「もう寝るわ」 「ああ」 といって、部屋を出るわけでもない。同室。 年頃の――というには早いが、ともかく、何ら気にすることなく寝息を立て始める。 それを聞きつつ。一人、闇を見据える。 ファーリアには言わなかったが、もう一つ。一連の戦闘の時、常にいる“監視人”。彼に見せるため。 どれ程の相手かを、より正確に計らせる。 (完全に気配を消し、風景に同化……相当の遣い手だな) それにすら気付く自分の事は、棚に置いておいて。 「それにしても」 静かに寝息を立てている少女を、微笑ましげに見つめる。こうしていると、親子のように見えなくもない。 「黙っていれば可愛いんだがな」 起きている時は、可愛く、五月蝿(うるさ)いといったところか。 そういえば、最初に宿を取ったときのことを思い出す。 「は? 同じ部屋!?」 さすがに、初対面の男と同部屋でというのには戸惑いは隠せない。当然、ベッドは別ではある……が。 「当然だろう。たとえ隣でも、いざという時に間に合わないことがある」 当然かどうかというのは不明だが。しかし、実際そういうことがある可能性は、想像できなくはない。 「……変な事しないでよ」 半ば以上本気で言う。 「安心してくれ。子供相手にどうかするほど飢えちゃいない」 多分そういう意味での言葉ではないと思ったので、次のフォロー。 「それに、そういう趣味も無い」 とりあえず、今のところは。 「まったく……」 思い出して苦笑する。幼くとも女か。まぁ、貴族などなら、この年で婚約しているということも珍しくないらしいし。 (……貴族――箱入りなら、よりそういう方面の知識が無い、か?) 「俺も、そろそろ寝るか」 くだらない事を考えてしまった。とにかく寝よう。 さっさと。 「そうか。またもあっさりやられたか」 報を受け、実に愉快そうにほころばせる。 「それに、私の存在も」 気付いたらしい、と。 「ほほう、実に、実に愉しみだ」 「……」 「長い間退屈していた。久しぶりなのだよ。これはね」 そう言う割には、退屈から抜け出そうという気力すらないようだが。 「終わらせてくれるかもしれないな――」 意味深に呟く雇い主。それを眺めるエンフィールに浮かんだ表情は――。 |