[力と強さ]
「おら、いいから金出せッてんだよ」
「早くしろって、また殴られたいのか?」
「それとも、こいつでグサッといっとくかぁ?」
「……」
 嫌なものを聞いた。どこにでも――そう、どこにでも、こういう輩はいる。
「ちょっと、止めなさい!」
 十四、五歳の少年が、三人の男に囲まれている。
 男の一人は、短剣を抜いて少年の顔の前でちらつかせたりしている。
「ああ?」
 不意に声をかけられ、思わず振り返ったが――。
「なんだい、お嬢ちゃん?」
 それが、まだ幼い娘だと知り、下卑た笑みを浮かべる。
「そういうみっともない真似は止めなさいっていうの!」

「……」
「へへ、お嬢ちゃんは正義の味方ってわけだ」
一人は「かあーーっこい〜〜」などと、あからさまに馬鹿にしてくる。
「だけどねぇ、こういう所に一人で来ると――」
「悪いが、俺の連れなんだ。勘弁してやってくれないか」
「ああ!? 舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!」
「な?」
「――!!」
振り返り、凄んでみせたものの、相手の叩きつけるような殺気を浴び。
「ヘ、ヘヘ。し、失礼しました〜!!」
 あっさりと逃げていく。
「ほら、さっさと行きな」
「……あ、あの」
ペコリと一つ礼をして、走り去っていく。
「……クード」
「……まったく、どうしてそう首を突っ込みたがるかね」

「嫌いなのよ。剣で――力で人を脅すようなやり方が」
 我慢できず、思わずつっかかって行ってしまうほどに。
「だが、な」
「今の場合、例えば俺がいなかったら……痛い目に合うのは自分なんだぞ?」
「はっきり言ってな、自分を助けようとして怪我をされると、もっと辛い」
 意味がない、とまでは言わないが――。
「じゃあ、剣を教えてくれる? 私が強くなれば、問題ないでしょう?」
 真顔で言ってはいるが。
「冗談だろ?」
「ええ」
 あっさりと肯定する。
「判ってるならいいさ。お嬢様がする事は――」
「こんな事が無くなるように、しっかりと自分の所を治める」
そして。
「――出かけるときは、しっかりと腕の立つ護衛と一緒にいること」
「……」
 言おうとしていた事を先に取られ、言葉が無い。
「しっかりと護って下さいね、護衛さん♪」
「ま、とりあえずこの依頼の間はな……」
 敵わないな。そう思いつつ。


[暗殺者の夢四 〜紅魔(こうま)〜]
「逃がしたか……」
 仕留めそこなうなど、常に無い事。それだけ、相手の力量が卓越していた。
「依頼は失敗。だな」
 剣を納めるも、その場を動かない。とりあえず、掛けられた術が解けないことには、ろくに動けもしない。
「まったく……」

「大丈夫?」
 妻である美女――エリスが、心配げに声をかけてくる。彼女が珍しくそんな気遣いをしているのは、クードが「依頼は失敗だ」などと言ったため。
 そう聞けば、遂行出来ないほどの手傷を負ったのかと思う。元々失敗するつもりの依頼だったのならともかく、今回のそれは、彼自身が「息の根を止める必要がある」と認めた相手。
「大した傷はない」
 みすみす逃がしたことで、少々表情が暗い。逃げられたとはいえ、かなりの傷は負わせた。よほどの馬鹿でない限り、もうこの近辺にはいないだろう。
残念ながら、追ってまでどうこうというつもりは無い。娘はまだ幼い。家族で追跡行というのもなんだし、妻子を残してまでやるような事ではない。
「ま、しばらくは大人しくしているだろうさ。それに、どこかに現れたら、今度はそこの奴が相手をすればいいだけのことだ」
 過ぎた事は忘れるのが、こんな仕事をやりながら生きていくための秘訣。
「明日は依頼主の所へ行かねばならなくなった」
「さすがに、失敗しておいて、こちらへ呼びつけるわけにもいかんからな」と、かるく苦笑する。
「帰りは夕方になるだろう。だから――」
「やぁね、そんなに心配しないの。たかが片道四時間。それに、貧乏教会にわざわざ押し込みなんて来ないでしょ?」
「それに、わたしだって神術士の端くれだしね」と。
「……まぁ、な」
 教会、神殿の類を無差別に――そこの人間ごと――破壊していた男は、今日の様子だと、とりあえず問題ないだろう。
 それに、そんな漠然とした不安だけで、彼女の行いを邪魔するわけにもいかない。
 旅の途中、親が野盗に殺された。そして、自分の身も危ないという時に、通りがかった神父に助けられ、そのまま教会で育てられた。
彼女は、なによりも子供――孤児を救うということを大事にする。
親としてのぬくもりを与え、道を間違うことなく成長するように。そして、それ以前に、寂しい思いをさせないために。
(だが――)
 言い様のない不安。嫌な予感を覚えるのも、また事実だった。

「それじゃ、な」
「はいはい。明日の夜には帰るからね」
 あくまでも心配性な夫に苦笑しつつ。

「君でも無理だったか……」
 報告を受けた依頼主――とある国の高官であり、実質的に亡霊を指揮しているのも、この男。
 ランセル・フィーガー。
 そう年を取っていなかったはずだが、少なくとも顔よりは取っているだろう。二十代前半、下手をすると十代に見えかねないほどの童顔である。
「ま、奴と一戦交え、生き残るどころか、傷らしい傷を負わなかったというのはさすがと言えるか」
 今回の対象は、数年前まで、亡霊――それも、随一の遣い手だった。もっとも、当時からその周りの者まで――必要ない者まで嬉々として殺すやり方により「最凶」と呼ばれていたのだが。
 それでもその腕前は素晴らしい。また性格の方も、殲滅任務等使いようによってはそれほどのデメリットとならない為に、重宝とは云えないまでも利用されていた。
 そして、その狂気が制御できないほどとなり、処分にと差し向けられた亡霊を斬り殺し、逃亡。そのまま今回のクードのように依頼を受けた亡霊三人を殺し、現在に至る。
 フォドル・ブランカー。極秘扱いの犯罪者である。通称「赤鎧のフォドル」。ちなみに、鎧だけでなく、剣も、髪も、瞳も、全てが暗い赤で統一されている。
「言うだけのことはあった。それに、あの術はなかなか見事だ」
「聞かせてもらおうか。闘いの一部始終」


[暗殺者の夢四 〜赤鎧のフォドル〜]
「お前自身が、神を信じなかろうが憎もうが、知ったことじゃない」
「斬られてでも足止めしろ」というのが任務だったにせよ、自分の到着までの時間稼ぎのために、その命を落とした若者を横目で見る。
 なんの感情も湧いてこないわけはない。が、そういったことに囚われていては、勝てる闘いであろうと落としかねない。
「だが、それで他人に危害を加えるようだと――な」
 ゆっくりと、剣を抜く。剣を振り始めた頃からの相棒。もはや、他の剣を使おうという気にもならない。言ってみれば、半身のようなもの。
「クッククク……。追っ手かい」
 不気味な、凶悪そのものの冥(くら)い笑みを浮かべる。深紅の鞘から、これまた刀身が暗い赤の片手半剣を抜くと、目の前の地面に突き立てる。
「愉しいネェ。女子供を切り刻むのも面白いが、自分は強いと勘違いしてる奴を刻むのは格別さ!!」
『縛陰術(ばくいんじゅつ)!!』
 叫ぶと共に、右手を突き出す。
(飛び道具か……)
 二人の距離、約二十m。これぐらいなら、高速の飛び道具であっても、おそらくは躱せる。
「なに!?」
 直接クードの胸に黄色の呪印が光り、全身を縛り付けられるような感触が走る。
「まぁ、どんな術や業をもってようと、コイツで終わりってことだ」
 そもそも、動けなければ、攻撃を躱すことすら出来ない。
 彼が今まで負けることが無かったのは、この術によるところが非常に大きい。陰の気と魔力でもって、術に対する抵抗力が高い者でも容赦なく縛る、独特の術。
 しかし。
「何の冗談だ?」
 パシィン。薄い水晶を砕くような音と共に、あっさりと術が破られる。
「……なに?」
「あいにくだが、俺には通用しない」
 言うと共に、一気に間合いを詰める。
「っく!」
 振るわれた剣を、体を低くして何とかやり過ごす。反撃のヒマも無く、返しの一撃を自らの剣で受け止める。
「づ……」
 自ら後ろに跳んで、その衝撃を逃がしたが、それでもなお重い。斬撃自体の重さもあるが、思ったより迅く、タイミングを合わしきれなかった。
「バケモノか……。信じられねー精神力だぜ」
 発気――内なる気を爆発させ、術を壊す。術の容量を超えるほどを出す事も、そもそも術に掛かった状態でそれを行うことも、至難。
(ったく。ちったぁマジに相手してやるか)
 最大の威力で行えば、まず封じられない者はいない。だが、それだけの術を使うには、それに必要なだけ魔力を高める必要がある。
 その時間を稼ぐ。
「俺の業、とくと拝ませてやるぜ!」

 二人が走り出す。と、フォドルが左手で背の広刃剣に手をかける。
「喰らいな!」
 そのまま抜き打ち。
「……!」
 合わせるように、叩きつける。
 ガッ! シャァアアアアン!!
 負荷がかかった瞬間、フォドルの剣が砕け散る
(二ィ♪)
 四散した破片は、そのまま、一直線にクードの体に喰らいつく。
「ちっ!」
 数、速度、距離。全てを避けきるのは不可能。

「面白れーだろ。非常に脆くてな、ちょっとした衝撃で砕けるんだよ。で、破片は正面へと向かって飛ぶ」
 衝突と同時に後ろへ跳び、間合いを離したフォドルが自慢げに言う。
 なんとか寸前で躱した。上半身に出来た無数の切り傷は、浅い。かすり傷といえるほどではないが、見た目ほど大した事はない。
(これなら、すぐに止まるな)
 冷静に判断してみせる。
「しかも、それぞれを加速させてやったのによ」
 同時に、傷口を焼くか凍らせるような術をかけていれば違ったのだろうが、そこまで余裕はない。
 あくまで本命は、相手の動きを封じること
(より安全に、確実に……な)
「ま、ちゃっちゃと次行くか――っと!?」
 首を狙って放たれた突きを、首を振って寸前で躱す。皮一枚切られる。
「って!」
 次いで放たれる斬撃を、右手の剣で受ける。体勢の崩れた状態、しかも片手――。
 衝撃で、腕が痺れる。剣こそ落とさなかったが、しばらくまともに扱えないだろう。
『衝烈(しょうれつ)!!』
 とっさに衝撃波を放ち、吹き飛ばし、追撃を避ける。
「ふ……ん」
 もともと吹き飛ばすことが目的だったようで、ダメージなどは無い。
「ったく、冗談じゃないっての。お前、俺を殺す気か?」
 当たり前の事を言う。
「だが、それも――」
「終わりだ!!」

「く……」
「今度こそ動けねーだろ? ああ?」
 クードが踏み込むその瞬間、突き出された右手。
 じっくりと高め、放たれた縛陰術は、クードの体に絡みつく。
 ……術の展開が遅れ、クードの横薙ぎで鎧が斬られたのは、この際いい。もう少しで、胴体も切り裂かれていた。というのもだ。
「……」
「んじゃ、行くかよ!」
 ドン! と、蹴足が地面を踏みつける音が聞こえそうな勢いで、まっすぐクードへと向かう。
「男をいたぶる趣味は無いからな。一発でぶっ殺してやるよ!!」
 跳び込みつつ、右手の剣を頭上で勢いよく一回転させる。そのまま遠心力を乗せての打ち下ろし。
(決まった!!)

「本当にそうか?」
 動けない――そのはずの男。体ごと捻って勢いづけた切り上げが、フォドルの斬撃を弾き、引き戻す際に一閃、無防備な左腕を襲う。
「なっ!?」
 完全に想定外のことに動転しつつも、繰り出される突きを躱すためにも跳び退く。
(バカな!? そんなワケがあるか!!)
 心に隙ができ、動きが止まる。その瞬間……首が胴から離れてもおかしくないその一瞬だが、追撃はない。
「……」
「……なるほど、かかりが不完全ってか」
 せいぜい一歩。一息にそれ以上は、動けない。しかし、それ以外の行動は、全く自由。
「こいつですら完全に動きを止められんかよ。が、それなら離れて殺るまでよ!」
 左腕の内側を斬られた。尺骨と、その神経が見事に断ち切られ、とても使い物にならない。突きは肩をかすめ、鎧ごと、左肩の骨を砕いている。
 いちいち剣を納めるのも面倒で、地面に落とす。そして、懐に手を入れ、四つの刃片(じんへん)(刃の欠片状の武器。投射用。大きさは長さ四cmほど。幅は、最も広い所で二cm弱)を取り出す。
「さっきの剣の欠片と違って、鍛えられた塊だ。刃(は)も鋭い……術で加速をつけりゃ、骨まで叩ききるぜぇ♪」
 猫の手のような形にし、第二関節の所に挟む。最後の一つは、親指と手の平で。
「くたばれやっ!!」
 一度引き寄せ、一気に放つ。放つ動作の途中で親指は離す。引き戻す手が落ちゆくそれをつまみ、放つ。
 飛来する刃片は紅(あか)い。加速の術に加え、炎熱の術もかかっているそれは、並みの威力では無い。三つは弧を描くようにして上方、左右から。最後の一つは、真正面。それぞれ、クードに引き寄せられるように。

「この程度の手品では、俺は殺せない」
 一瞬の出来事。襲い来る順に、上、左、右。タイミングを計り、たった一振り。流れるような斬撃をもってその全てを撃ち砕く。
「な!」
 そしてそのまま突き、最後の刃片も砕く。
「……」
(俺のとっときを)
 左手が使えれば、七、八本は撃てたろうが、それでも相手にならなかっただろう。
「……」
 それに。左手、肩。痛覚を抑えているため、痛みはそれほどでもないが、どう考えても放っておいていい傷ではない。
「……ちっ。しゃあねぇな」
 剣を納めると、くるりと後ろを見せ――そのまま走り出す。
「今回は見逃してやる。今度は殺す!」
 捨て台詞らしきものを吐きながら、そのまま走り去っていった……。

「……なるほど」
 一部始終を聞いたランセルは、実に複雑な顔をする。特に最後の台詞など、負けて逃げる者が吐くような……。
「ほとんど勝ったようなもの。ということだね」
 限りなく術士寄りの魔剣士。それは、回復力が際立って強いというだけでない。扱える術の種類も多く(多くの魔剣士は、炎、風、毒など、一系統のみ)、しかも術を行使する際の発気が必要ない――件の「縛陰術」のような、強力な高等術の際は必要だが。さらに言えば、魔力が高いという事は、術の威力、効果自体も高いし、使える回数も多い。
(その代わりに、剣士としての能力は低い……のが普通なんだがな)
 わずかの打ち合いだったが、亡霊の中でも中の上といったくらいの腕。もちろん、剣の腕だけならクードの相手ではないのだが。
「剣の方もそれなりに遣う。まぁ、それは問題ないとしても――」
「縛陰術。とかいうやつかい?」
 実際に喰らって、なお生きているのはクードのみ。
「ああ。あれを使われると、殪(たお)すのは難しいな」
 戦法によっては、負けることすらあるかもしれない。
「まぁ、奴の左腕は使い物にならなくなった」
 骨はともかく、筋はいかな神術でも完治は不可能。話によると両手利きだったらしいので、影響はより大きい。
「ふぅむ……」
「ランセル様!!」
 最中、ドアを派手に開け、一人の若者が走りこんでくる。
「どうした、騒々しい」
「は、発見しました。赤鎧のフォドル!」
 息を切らせつつ。
「ほう。まだこの辺に居たか」
 クードが、馬鹿を思うような目で。逃走する途中なのかもしれないが、それにしても遅すぎる。
 昨日与えてやった傷が、思いの他引いたか。
「場所は?」
「は、それが――」

「なんだと!?」
「ぐ、ぐあっ……た、確かです」
 胸倉を掴まれた若者が、苦しげに言う。
 フォドルが向かっているのは、西の旧街道。そのまま進むと、左手に広がる森の傍に一軒の古い教会がある。今エリスが行っている――。
「くそっ!!」
「クーディアス君。馬を使いたまえ!」
 ここの厩舎にある、最も速い馬……。
(エリス……。間に合えよ!!)

「あら、誰か来たようね」
 夕方、遊び疲れた子供たちはエリスに話しをねだっている。神父の妻が亡くなってからは男手一つで育てられた、少年二人に少女一人。彼らは、月に二度来るエリスのことを、本当に楽しみにしている。
 なぜこんな辺鄙な場所に教会が建っているのか。理由があるのだが、ここで話すようなことでもない。
 ともあれ、西の道から、誰かがやってくる。あるいは旅人が、一夜の宿でも求めてきたか。
 ――いや。
「いやいや、私が出ましょう」
 応対に出ようとするエリスを押し止め、外へ出て行く神父。腰に大きな剣を提げた、その赤鎧の男は、遠目からでも分かるほどの嫌な気配を纏っている。
「なにか、御用ですかな?」
「ああ、ちょっとばかり道を聞きたくてね」
 ニヤニヤと。
「天国ってのは――」
「どこにあるんだい?」

「お姉ちゃん……」
「……大丈夫、いい子だから、みんな裏口から出なさい。ここから離れた方がいいわ」
 不安がる子供達にそれだけ言って、走り出る。

「ウェザー神父!」
 無雑作に打ち振るわれた剣を受け、地面に崩れ落ちた神父に声をかける。
「……エリス君、いかん」
「うるせえ」
 前を――エリスの方を見たまま、左手で抜いた刺突剣を突き刺す。
「ぐっ!」
 それを最後に、完全に気絶した。あるいは、すでに死んだか。
「!!」
「これ以上は――赦さないわよ!」
 左手を軽く握り、右手の平を
「いやはや、美人だねぇ。安心しな。あんたほどの美人なら、たとえ関係者じゃなくても殺してるからよ」
 だから。
「こんな場所で会っちまったことについては、後悔しなくていいぜ!」

「聞いた事があるわ。神殿、教会の類を襲撃して、そこにいた者を皆殺しにしている、赤い鎧の男の話」
 夫が斬りそこねた程の男。正直、相手になるかどうか……。
「赤鎧のフォドル。知っててくれて嬉しいね。お礼に、ひたすら派手にぶっ殺してやるからよ」
 長い舌を、厭らしく動かしてみせる。
「結構よ。死ぬなら一人でね」
 あくまで、言葉は強気に。
(力は、想いから……)
 特に術は、精神面に影響される。最低でも、子供たちが無事に逃げるまでは、持ちこたえなければならない。
『光を掲げる者。純白の翼広げ、邪悪なるものを覆う……今一度、御許へ還さん!!』
 巨大な、半透明の白い翼が男を包み込む。激しい衝撃音が辺りへ響く。彼女の扱える神術で、最も高度な攻撃系。それを、容赦無く全力で。

「クッククク……」
 特に邪悪な者に対しては、絶大な効果を上げるそれを受け、軽傷ですんでいる。その事実。
「教会、神殿なんかを狩りまくってたってんだ。当然、対神術士用の装備はしてるだろォ?」
 愉快そうに嘲る。
(しっかし、それでなおこの威力かよ……。驚きだね)
 この術の練度、威力は一目で分かる。対象を包み込む白光の翼の数。彼女のそれは、最大の十二枚。
 大規模な神殿にも、滅多にいないほどの遣い手。今日ほどこの装備がありがたいと思ったことはない。無ければ、躱すしか対処がなく、腕の一本ぐらい覚悟しなければならないところだ。
「が、まぁ通用しないってことだ! 大人しく――」
「お姉ちゃんを苛めないで!」
 子供たちが出て来、エリスを庇うように立ち、その小さな両手を広げる。
「!? 行きなさいって!!」
 そう言ったところで、彼等の意思が変わることはない。
「……クッククク。面白いねぇ。いいねぇ。よっしゃ!!」
 ひとしきりキチガイじみた笑いを上げたかと思うと、その右手を気合と共に突き出す。
「キャッ!?」
 まとわりつくような感触。全身、全く動かせない。
「俺の縛術(ばくじゅつ)は、術士の方がよく効いてね。ぜってェ解けねぇよ」
 そんなファーリアを、心配そうに見つめる子供達。彼女を放って逃げようなどという気は、欠片も無いらしい。
「こう健気にやられると、ご期待に答えないわけにはいかねぇよなァ?」
 実にいやらしい笑み。
(まさか!?)
「まぁ、ゆーーっくりと狩っていってやるから、じっくりと拝んでな」

「いいか、ガキども。今から手品を一つ見せてやる」
 左手を勢いよく突き出すと、袖口から三つの刃片が飛ぶ。
「うっ、あぐっっ!」
 それらは、エリスを軸に回りつづけ、何度となく切り裂いていく。
(自発的に声は出せんが、苦痛、悲鳴なんてのは出るわけだ)
 彼の趣味によるアレンジだが、こういった目的の時には、実に効果的である。
「さーて、一つ提案だ」
 呆然と見ている子供たちに向かい。
「俺はこうやってこのオネーさんをいたぶり続けようと思う。もちろん、終点は彼女の死だ」
「……」
 あまりのことに、声も出ない。
「嫌か? やめて欲しいか?」

「キャアッ!」
「ギャン!!」
「あうっ!」
 子供たちの苦痛に満ちた声があがる。
「よーし、いいぞ。そのまま我慢してりゃあいい」
 男の話は「身代わりに苦痛を受け続けること。いいって言うまで耐えられたら、そのお姉さんも、お前たちも生かしといてやる」というもの。
(やめて、もうやめて!!)
 目的はただ一つ。多くの者を、より苦しめること。それも、肉体的よりも、精神的に。
「愉しいねぇ。ゾクゾクするぜ」
 それを見て喜ぶこの男、まさしく狂にして凶。

「よーし、いいぞ」
 ゆうに半時間は経って、ようやく。
「……ゥ、あ」
「……ハァ、ハァ」
「……こ、これで?」
「そう、君達は用済みってわけだ」
 その言葉の意味を完全に理解する前に、三人の首が刎ねられる。
「あーはっは! 実に愉快!! いや〜、久々に楽しませてもらったよ♪」
「さて、と。それじゃ、そろそろメインディッシュといきますかァ?」
 ゆっくりと、今度は右手で刺突剣を抜く。

「きっさまあああああ!!」
 剣を、その喉に突き立てようとした瞬間。
「おおっ?」
「クード!!」
 想いの強さか、その言葉だけは形になる。
「……恋人かなんかか?」
 小首を傾げる。
「ま、残念だったな。いくらお前でも、さすがにその距離は無理だろ」
 振り下ろされる――。

「ったく、刃物を投げちゃいけませんて、教わらなかったか?」
 フォドルの頬はザックリと裂け、エリスの首には穴が空き、クードの五体の動きは封じられている。
「ギリギリ。躱しながらだったから、殺しそこねたじゃねぇか」
 ギリギリと言ってはいるが、しっかりとダメージを受けている。だが、この程度なら放っておいてもその内回復するし、狙われたのが額だった以上、ギリギリと言えなくも……ない。
 対して、二人の方はさんざんである。エリスは、即死こそ免れたものの、すでに虫の息。クードの方も、振り返りざま放たれた縛陰術により、以後の行動を妨げられている。
「ま、これなら後回しでいいか。前回同様、動きを止められたわけだし、先にやりますか」
 倒れ伏したエリスを横目で見ながら、そう一人ごちる。
 前回よりも強力なそれだったが、感情の高ぶっているクードには、完全にかかっていない。
「でもま、移動は無理だろ? ほとんど。そこでコレだ!」
 右手が懐に伸びる。瞬後、取り出された細長い筒をクードに向かって勢いよく振る。
「!?」
 筒から出、伸びゆくリボンのような細い刃が、一直線に襲いかかる。
「ちっ!」
 タイミングを計り、先端を打ち下ろした剣で右下へ飛ばす。
 が――。
「あまいねぇ」
 そのまま伸びる刃は、軌道修正し、再度襲い来る。何とか体を捻るが、右肩を浅く斬られる。
「よっと」
 筒の底部を軽く押すと、シュルシュルと素早く戻っていく。
「!!」
 帰りにも狙われるわけだが、それは何とかやり過ごす。
「面白いだろ。”連刃(れんじん)”ってんだ。行き帰りで二回。他にも、巻きつけて切り裂く。なんて事も出来るしな」
 長さを自在に調節できる為、かなり多彩な使い方ができる。刃も、それを収める筒自体も、クードの斬撃すらものともしないほどの強度がある。
「裏の店で手に入れた遺宝(いほう)だ。さすがに、普通に動ける時には通用しねぇだろうが――」
「今のお前なら、ゆうゆうと切り刻めるぜ♪」

「頃合かね」
 延々と攻撃を受けつづける。出血からか、意識が朦朧としかけている。
みっともない闘い方といえばその通りなのだが、確実に勝つということを目的とした場合、実に有効である。
「んじゃ、そろそろ止めさしてやりますか」
 最後は、一直線に喉を狙う。そのまま巻きつかせ、首を斬り飛ばすつもりである。
「そら、これで――!?」
 構えから、放とうとした瞬前、炸裂音が響き、背中に衝撃を受ける。痛みはほとんど無い。
 が、一瞬意識がとんだ。突然の事態に、全ての行動、思考がリセットされたわけだ。
「……なるほどねェ」
 ゆっくりと振り返る。倒れたまま、腕を伸ばしているエリスを見るその表情は、ひどく不機嫌。最高の一瞬を邪魔された怒りは、深い。
「実に愚かしいといえる。大人しく自分の回復に努めてれば、まぁ――万が一にも無いと思うが、生き残れる可能性もあったわけだ」
「それを、こんな無意味な、人の愉しみを奪うような真似をするとはね!」
 喋るうちに、怒りは膨らんでいく。
「……」
「何とか言ったらどうなんだい? って、さすがに気力が尽きたか」
「……あの人は、殺させません」
 ゆっくりと、振り絞るように。その瞳には――正確には、その瞳だけには――未だ力が失われてはいない。
「なるほど。じゃ、お望みどおり先に逝かせてやるよ。ま、後で彼氏も送ってやるからよ」
 残忍な笑みと共に、左腰の刺突剣を抜く。
「さ、お別れだ――」
 そう言うと、体をずらし、エリスの体がよく見えるようにする。
「ま、すぐにあいつの方も送ってやるからよ」
 その右手から繰り出される業。刺突剣が、彼女の体に九つの穴を空ける。

「エーーリーーース!!」
「へっ。なっさけねぇ面してんじゃねぇ」
「……」
 ――愛する者を喪った悲しみは、何より深く。
「面白ぇけどな!!」
 ――奪った者に対する怒りは、何より強く。
「なっにイィ!?」
 ――その焔は咎人を焼き尽くす。
「ば、馬鹿なあっっ!?」

 その首を狙った連刃――巻きつき、引き戻すことで首を刎ねるつもりだったそれを。
「貴様ああ!!」
 弾く。打たれた部分は砕け、軌道が逸れる。
 そのまま走り、一気に間合いを詰める。
(は……迅い!!)
 全感覚が、細胞全てが叫ぶ。
(殺られる!!)
 その斬撃を防ぐ為、一気に刃を戻す。細い筒の中に全て納める。元々の筒の強度、それに、刃全て。生半の攻撃では壊せない。
 それを掲げると共に、その下に自らの左腕……二段構え。
 役に立たなくなった左腕を捨て、魔力で動く鋼の腕を着けている。頑丈さを極限まで追及したそれは、弩砲の一撃にすら耐える。
「――死ね!!」
 しかし、それらは、クードの袈裟懸けに斬り下ろす一撃により、あっさりと――断ち切られる。
「があああああっっ!!」

「ち……」
 そのまま鎧ごと斬られたが、何とか体が二つになるのは免れた。体の半ばまで切り裂かれ、刃の通り道にあった骨もことごとく切られたが――まだ、生きている。
「どうやって回復したか知らねェが……。ちっとばかし――足りなかったな」
 怒りによって増大し、一気に爆発した気。クードの体調が万全であったなら、筒も、腕も、さしたる障害とならなかったろう。
 エリスがかけた、肉体を活性化させ、回復力を飛躍的に高める術。傷を癒す術なら一瞬で済むのだが、それでは失われた血は戻らない。貧血状態では、気も、体も働かない。
 フォドルへのあの攻撃は、回復の術をかけるのを気づかれないためと、クードの回復する時間を稼ぐために、自分に注意を向けさせるもの。
(エリス……すまん)
 最後の瞬間、自分を見た、あの表情、瞳が離れない。死の間際にありながら、こちらを気遣い、心配させぬための……。
「無茶苦茶しやがって。動けなくなりやがったか――が、がはっ!!」
 術を破る時の負荷に加え、肉体の限界を超えた力を引き出したため、もはや指一本と動かない。
「チ、チクショウ。さ、すがに……これ以上は無理、かよ」
 だが、フォドルの方とて、すでに戦闘を続けられる状態ではない。すぐさま治療すれば、魔剣士であるためのバケモノじみた回復力は、この傷からでも生き長らえさせるだろう。
 であれば、取る道は――。
「ま、いいや。今度は……殺す。……それまで、せいぜい、俺を恨み、苦しむんだなァ」
「……ああ。今度は、必ず、殺す」
 フォドルの挑発に対し、クードの魂が、その体で言葉を吐き出させる。
「俺を……恨んでる奴が、いる、と思うと――その、ことに囚われ、苦しむ奴がいると……思うと、じ、つに、愉快だぜェ」
「じゃあ――な」






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