[夕闇が忍び寄り]
「パーティの準備が整いました」
 赤紫の髪をした女性……短い間とはいえ傍で仕えてきた、秘書のような者。彼女がつとめて無感情に言葉を吐き出す。
「ご苦労」
「……あの」
 背を向けたままの主に、遠慮がちに声をかける。押さえきれなくなった哀しみが、痛みが全身から溢れている。
「さ、早いうちに帰りたまえ。君には帰るところがあるのだろう?」
 気付かない、気にしていないように普段のままの対応。
「……ですが!」
「気にする事はない。自業自得というものだ。だが、君が私に付き合う意味は無いし、私もそれを望まない」
「…………」
 素っ気ない言葉。こう言われてしまうと、返す言葉もない。
「……」
「……」
 沈黙が、二人を包む。


[簒奪領主の夢 〜昔日〜]
 ついばめば苦く 仰ぎ見れば甘い
「? どういう――」
 エシル姉さん。五歳上で、とても優しく、母のような存在。彼女にある思いを投げかけた時、返ってきた言葉。
「私の好きな童話の話。鳥がね、獣が木の実を美味しそうに食べているのを見て、自分も食べてみるの」
「それが、不味かった……」
「そう、その鳥にはね。他人のものを無理に欲しがってもしょうがないし、たとえ手に入れたとしても、幸せにはなれない。そんなところかな」
 悲しそうに微笑む。
「鳥なのに”仰ぎ見る”なんだね」
「……そう、籠の鳥。檻を通して見る外の世界は、本当に綺麗で……」
「でも、そんな風に憧れているだけならよかったの」
 その全てが――。
「外に出てしまえば、醒めてしまう夢なのに――」
 そう言った、彼女の寂しそうな瞳。
 多分、鳥を自分と重ねていたのだろうと、今ならわかる。

「何だよ、お前」
 城の裏手の丘で寝転がっていると、今まで見たことない少女が寄って来、こちらを覗きこむ。
「ご挨拶ね」
「私、ファナ。よろしくね」
 にっこり、極上の笑みを浮かべる。
「……あ?」
 ファナといえば、東隣の領主の……三番目の娘、か。
「仲良くするなら、弟とするんだな。俺は継がないからよ」
 パンッ!
 そう言った次の瞬間、思いっきり頬をひっぱたかれる。
「何しやがる!」
「見くびらないで! 私、そんなつもりで来たんじゃないわよ!」
 ギュッと握り締められた手。強く結ばれた口元。悔しさからか、わずかに涙を浮かべる。
「……」
「悪かったよ。俺はリアレス……ま、よろしくな」
「……うん♪」

「風は吹くとも、我が心に掛かりし雲は晴れず――」
「な〜に辛気臭いこと言ってるの?」
 いつもの丘で、くだらない詩なんかを詠んでいると。
「ファナか……。なんだよ」
 何の気なしに近くに寄ってくる彼女に、ちょっとばかしどぎまぎして。
「ご挨拶ね。貴方のお父様が呼んでいたわよ?」
「いいさ。ほっとけよ」
 いいさ。こんな城の跡取りなんて、興味ないんだから。弟にくれてやってしまえばいい。
「……もう」
「俺はな」
「え?」
「――になりたいのさ。領主なんて柄じゃないしな」
 そっちの方は、弟の方がよっぽど向いている。
「あいつは、優しく、思いやりもあって、聡明で――。俺に無いものをたっぷり持ってるからな」
「もう! いちいち人と比べない。君にしかない良さだっていっぱい有るんだよ
!?」
 誰かに対して劣等感を抱くと、こいつはすぐ怒る。「君は君で、それ以外の誰でも無いんだから」と。
「……でも、――っていうのはいいね。うん、似合ってると思うよ」
(…………)
「? どうしたの?」
「……なんでもない」
 言えるか。「怒ってる時だって綺麗だけど、やっぱり笑った顔が最高だな」なんて。

「親父、どういうつもりだ!?」
「知れたこと。より深い結びつきを得るために必要なのだ」
 俺の怒りの声にも眉一つ動かさず、そう冷酷に言い捨てる。
「政略結婚だと!? ファナもあいつも、そんなものは望んじゃいない!」
「……エシルもお前も、実に下らぬことを言う」
 姉さんを……殺した男が、彼女を平気で冒涜する。
「想いなど、どれほどのものがあるというのだ」
「そうだ、言っていなかったな」
「何を」
 今にも殴りかかりそうな拳を抑え、一応聞いてやる。
「――になりたいなどという戯言は忘れろ。後継ぎはエクシスだが、お前もこの領の西を治めろ」
 西の領といえば、隣接する領は二つ。片方はともかく、もう一つの方は、表向き友好関係を結びつつ、虎視眈々とここを狙っている。
 直ぐ近くにあって、睨みを効かす存在が必要……。
「ああ!?」
「この上、俺の人生まで縛る気かよ!」
「ぐっ!」
 掴み掛かったところを、顔面を杖で打たれ、倒れ込む。
「いいな。お前などに意見は求めていない」
「黙って儂の言う事を聞け」

「お前は本当にそれでいいってのかよ!」
「……うん、やっぱり仕方ないよね」
 受け入れるしかない運命も……ある。だけど。
「そんなことで納得できるのかよ!」
「私、あなたのお姉さんのようには強くないわ」
 ……姉さんだって、強くなんか無かった。
 むしろ――。
「くそっ!」
「兄さん」
「……お前」
 いつの間に来たのか、弟がうなだれて立っている。
「すまない。僕がもっと――」
 よせよ。
「よせよ。別にお前のせいじゃない」
 ただ、あいつには誰も逆らえないだけだ。
 ……俺も、しょせん口先だけで。
「殴ってくれ! 兄さんの気が済むまで、俺をぶちのめしてくれ。だから――」
 ファナの事は、恨まないでやってくれ。と。
「くだらない」
「お前を殴って何になる? そんなことより――」
 幸せにしろよ。俺と居るよりも、ずっと。
「……わかった」
 そう言って去っていく。俺達に気を使ったのか。優しい男だ。
 大丈夫。ヤツなら、きっとお前を幸せにしてくれる。
「――でも、それでも私は!」
「渡したい物がある」
 言い募るファナを遮って。
「え?」
「姉さんの形見……俺からの餞別」
 渡して何になるのか。そんな事は――正直、よく分かってなかったのだと思う。
「……思い出には、したくないな」
 そう言って、泣きながら微笑んだあいつの顔は、まだ頭から離れない。

ガッッ!!
「どうして死なせた!」
 弟との子供が生まれて一年……ファナが、塔から身を投げて死んだという知らせが届いた。
「何故だ!!」
「……すまない」
 何度殴りつけられても、そうやって謝るばかり。
「わかってやれなかったのは、すまないと思う」
「でも――!」
「兄さんを、待ってたんだ。兄さんが、自分を連れ出してくれるのを!」
 全身に衝撃が走る。
「なに?」
「手紙……」
「?」
「ファナが兄さんに送った手紙、読んでないんだろ?」
「……ああ」
 未練を持ち続けて生きていくには、俺は――弱すぎたから。
「なんでだよ! なんで兄さんは、ファナの想いに答えてやらなかったんだよ!!」
 起き上がりながら放たれた拳が、俺の顎を捉える。
「あいつ――」
「――それでもいいからって。……なんでだよ!」
 そのまま、馬乗りになって殴り続ける弟を、ぼんやりと見ていた。
 ……わかってやれなかったのは、俺の方か。
 俺がファナを、その心を、殺した。
 俺が、俺が――。

「――様! ……てください、リアレス様!!」
 遠くから俺を呼ぶ声がする。深く沈んだ俺の精神(こころ)を、引き上げようとする声。
「……」
「……お目覚め、ですか?」
 ゆっくりと目を開けると、そこに立っていたのは――。
「……ファナ」
「え、何ですか?」
 立っていたのは、メイドのマイア。
「マイアか。いや……何でもない」
「ひどく魘されていました」
「大丈夫ですか?」そう、心から気遣っているのがよく分かる。
「はい、どうぞ」
 差し出されたカップの中には、薄い黄緑の茶。
「心を落ち着け、休ませる効果があります」
 ニッコリと微笑む。
 手に取り、一口含む。
「……」
 爽やかな風が吹き抜けていくような、そんな――。
「ありがとう」
「いえ」
 若干照れたように、手を振ってみせる。
「それでは、私はこれで」
「――あ」
「はい?」
 くるりと振り返って。
「少し、相手になってくれないか」
 今は、話し相手が欲しい気分だ
「……はい!」
 満面の笑みを浮かべて答える彼女は――その、全てが、どこか懐かしい、そんな雰囲気の女性(ひと)だった。
 他愛のない話が、こんなに面白いと思ったのは、何年ぶりだったろうか。
 
「罰として、少し話に付き合え」
 部屋の掃除をしていたマイアが、偶然俺の日記を見つけ、それを読んでいるところに出くわした。
 いや、偶然だろうか。いつもしっかりと鍵をかけているのを、あの日はかけず、引出し自体、少し開いたまま……。
 もしかしたら、誰かに話したかったのかもしれない。
 そうすることで、少しでも――。

 俺達の母親は、病弱で早くに死んだ。父親は、政治的に有利だからと結婚しただけで、二人の間に愛情は無かった。少なくとも、俺は見たことが無い。
 親父は、もちろん俺達の事も単なる駒としか考えてなかった。自由なんか無い、操り人形……。
 五歳上の姉――エシルが、俺達兄弟に本当の愛情を注いでくれた、ただ一人だった。
 ある日、俺は姉に訊いたんだ。何で俺は、この家に生まれてきたんだろう。こんな父親の下に。そして、否応無く背負わされる数多くのもの……。

 程なくして、姉が嫁ぐ事が知らされる。……政略結婚。だが、彼女には、想い合っている男がいた。そのパン焼き職人と逃げ出し、結局男は討ち取られ、彼女はその場で命を絶った。
 彼女の死後、部屋で見つかったのは、数冊の童話、絵本。書きかけの物もあった。どうやら、そんな事を趣味にしてたらしい。
その中にあった『空に憧れる鳥』……。彼女自身を描いたものだと、そう。

 そんなことがあって、すっかり腐っていた俺の前に現れたのが――。
 彼女――ファナが、その明るさと優しさで、俺を救ってくれた。あいつがいなければ、俺はあのまま、ずっと……。

 何年か経って――まぁ、将来……みたいなものを約束するようになった頃、弟――エクシスと、ファナの結婚が決まった。
 俺が領主なんかに向いてないっていう、その目だけは当たってたと思う。件の領の次女が病死したことで、ファナの政治的価値が高まった。もちろん、親父が見逃す筈がない。
 あの時、連れて出なかったのは。
 あいつは、自分の子供であろうと、従わなければ容赦なく殺す。場合によっては、ファナさえも。
 俺が死ぬこと。そして何より、ファナが死ぬことが怖かったんだ。
 だから俺は――逃げた。向かうべき、現実から。
 最後に、姉の遺した一冊の童話を渡して。

 ファナ――領主夫人からの手紙は、開けることなく仕舞い込んでいた。何通となく送られてきた、全て。
 読めば、自分の気持ちが揺らぎ、湧き上がるそれを、抑えきれそうになかったから……。

 また――逃げたんだ。 

 そう言って自嘲気味に、哀しい笑みを浮かべる。
「……どうして、私に?」
「誰かに、聞いてもらいたかったのかもしれない」
 一人で背負うのは、もう耐え切れない。
 緊張の糸は、あの時に切れてしまったから。
「領主の座などが目的でなく、ただ、時を戻したかっただけかもしれない。唯一楽しいと言えた、あの時に」
 決して戻らないと、わかっていながら。
「――誰にも、内緒だぞ」
「……もちろんです!」
 苦笑しつつ言う俺を、微笑ましげに見つめる。
「リアレス様は、やっぱり私の思ってたとおりの――」
 そんな彼女の笑顔に、少しばかり救われた。そんな気がした。


[秘書の夢 〜昔日〜]
「カモミールティーとクッキーです」
「クッキー……?」
 子供ではないのだから。
「甘い物も摂らないとダメです」
「わかったわかった」

「……ほう」
 林檎のような甘い香りをかすかに漂わせたカモミール。
(確か、安眠をもたらすとかなんとかいったか)
「好みが分からないので、いろいろ焼いてみました」
 クッキーの方は、お決まりのアーモンドに、たっぷりとエダムチーズが入った物、アプリコットやラズベリー、ブルーベリーといったジャムをのせた物。などなど。
「お前が……焼いた?」
「はい。家事全般こなしますが、お料理は特に得意なんですよ♪」
 確かに。二つ三つ食べてみたが、どれも非常に美味い。
「カモミールは、キャットニップとレモンバームをブレンドしています。あと、隠し味に蜂蜜を少々」
 これも、今まで飲んだどれよりも。
「どちらも、詳しいレシピは秘密です」
 ちょっと悪戯げに笑って。
「わかった。また、頼む」
「はい♪」

「最初は単なるメイドとして入ってきたのよね」
 前の領主をむりやり追放した人物だけに、これ以上ないほどに評判は悪かったのだが、給金がとても良かったので。
「噂として聞くような人じゃ無かったし」
 スカートの裾に躓いて茶をかけてしまったが、苦笑しつつ「これからは気をつけろ」で済んだ。
「そんな事をしたら、拷問にかけて殺されるって話だったのに」
「ま“噂ほど当てにならないものはない”かしら」
 多くの人の口を通る以上、どうしても憶測や願望、恐れなどといった様々な感情が付与され、どんどんと肥っていく。
そして、やがては真実とは異なる”像”が創りあげられる。

「そういえば」
 夜に茶を出した後、何度か呼ばれ、そのまま身の回りの事をする専属となった。それから少しした、ある日の掃除の時。
「これ……日記?」
 わずかに開いていた、机の引出し。いつもしっかりと鍵がかけられたそこに入っていたのは、少し古ぼけた日記帳。
 ぱらぱらと捲ってみる。
「これって……」
 そこで目に付いたのは、今回の蜂起に関係ありそうな。
「全てを失いし我を、尚も牢獄へと繋ぎ止め続けし弟――」
 いまいち意味が分からない。さらに捲っていく。
「内に溜まりし毒は――」
「「最早外に出すよりなく……」」
「!?」
 不意に聞こえた声に振り返ると。
「リ、リアレス様!」

「全く困ったものだ……まぁ、しっかりと仕舞っておかなかった俺も悪いんだがな」
 殺されるかもと思ったが、そんな様子もなく、ただ苦笑している。
「あ、あの……」
「だが、一応罰を与える」
「は、はい」
(な、なんだろう。一体、なにを……)
「少し、話に付き合え」

「ホント、心臓が止まるかと」
 それから聞かされた、彼の身の上話……。
「もしかしたら」
 あるいは、わざとあの引出しを開けていたのかもしれない。本当は、誰かに気付いて欲しくて。
「不器用……なのよね。だから、その優しさも、みんな――」
 それも、気付いてくれなくていい――いや、むしろ、隠すように。
 最後に聞いた、今回の事件の理由。
「あの後、全てを失った――少なくとも、そう思った俺は荒れてね」
「だが、アイツは、そんな俺を西の城へ縛り続けた。親父が死んでからも、ずっと」
 彼も、後ろ暗さを感じていたのだろうか。もしくは、惹かれていた年上の女性が、ついに心を開くことなく逝ってしまったことに対する……復讐、か。
「実際、何故こんなことになったかなど、俺自身にも分からんさ。確かに恨みはあったが、それでも、本人にぶつければ済むようなものだった」
 あるいは、突然相手がいなくなったことによって――。

「あ、そう言えば……」
 前領主……即ち、リアレスの姪で、ファナとエクシスの娘。
「確か名前は、ファーリア……」
「これって――」
ッシャアアン!
「!?」
 暫くぼおっとしていたマイアは、その音によって正気に返る。
「どうしたの?」
「あ、あ……」
 数日前に入ったばかりの少女が、今にも泣き出しそうな表情(かお)でこっちを見る。
 足元には、見事に砕け散った、陶器の破片。
「私、私……領主様の大事なお皿を――」
「あー。割っちゃったか〜」
「ど、どうしましょう。わ、私……」
「大丈夫だって。そんなに怖い人じゃないから」
 卒倒してもおかしくないほどに怯えている少女に、優しく声をかける。
「ほら、まずは片付け。さっさと済ませましょう?」
 そう言って、塵取りを渡し、自分は箒で破片を集めていく。
「それが終わったら、謝りに行きましょ」
「そんなに心配しない。一緒にいってあげるから、ね?」


[夕闇が忍び寄り 〜別れ〜]
「少し、思い出してしまいました……」
「俺もだ」
 泣きそうになりながら、それでも笑みを浮かべようとする彼女に対し、あくまで素っ気ない風を装って。

「せめて幸せになってくれ。その方が、私も嬉しい」
「……はい。失礼、します――」
 沈んだ足取りで、ゆっくりと立ち去っていく。

「いいんですか? 泣いていましたよ」
 入れ違いに入ってきたエンフィールが、いたずらげに話し掛ける
「それぐらい、見なくとも判る」
「……雇った女が、ひどく懐いた。それだけの話だ」
 面白くもなさそうに言ってのける。だが、この男が見た目ほど――自身が言うように情の薄いのではないうことも、先の女性に対して、個人的好意を持っているという事も知っている。
 ただ不器用なのだ。加えて、自分を非情な冷血漢に見せようとしている。
 支配者としての立場を守るためというよりも、自らが終わりを迎えた時に、悲しむ者が無いように。
(そう、見えるんですよね。一年に満たない間ですが、何となくこの人の性格は理解できた気がします)
 やはり似ているのだろう。弟と、姪であるファーリアに。
 それは、目的を見失い、喪い、吹っ切れたからなのかもしれないが。
(以前は暗君としかいえないような人物だったようですが……)
 最初からこうなら、全ての悲劇は起こらなかったのかもしれない。
 まさしく、いまさらだが。

「そうそう、騎士隊の面々はどうやら静観を決め込むようですよ」
「そうか」
 思い出したようにいうその言葉に、何の感慨も無くあっさりと流す。
「ま、らしいといえばらしいな。あの娘は、他人よりも自分を粗末に扱う」
 苦笑というのか、なにか、娘の成長を見守る父親のような目で。
「……そういえば、あの面々とも闘いたがっていたな」
「あなたも」などとは言わないが、その表情で何となく言いたい事を察したのだろう。いささか乱暴な話しの転換をする。
「正確には、シェリー君と、ね」
「キャーキャー言って怯えながら、二番隊五番隊の隊長をあっさりと仕留める腕前……実に面白い」
 リアレスがクーデターを起こした時、城内には騎士隊の面々がそれぞれ配備されていた。正面からファーリアを狙ったのが、特務の二、四、五番隊。二、五番隊の隊長は、他に比べて幾分劣るとはいえ、それでも特務部隊をまとめているもの。
 その強さと性格のギャップが、エンフィールが彼等ごと取り立てようと進言した理由でもある。
 いずれ事を起こすのを承知の上、というより、その時に闘う事を望んで。
 戦闘狂……というのだろうか。殺人狂よりはましだが、それでもあまり友人にしたいタイプではない。最初の頃はそう思っていたと、懐かしくなったりもする。
(だからと言って、今は気にならないというのではないがな)
 慣れてしまった。と言った方がいい。
「ま、下手に前菜を楽しんでしまうと、メインが入らなくなってしまうかもしれませんからね」
「それは困りますから」と、おどけたように笑う。
 その時、城の鐘が四つなる。
「開幕まで後一時間、ですね」
「ああ……そうだな」
「拝見させていただきますよ」
 いろいろと。


[刃の静寂]
「ふ〜ん……。パーティという雰囲気ではないわね」
 実に静か。人っ子一人歩いていない。そして、物陰から感じる、無数の敵意、殺気。
「すぐに賑やかになるさ。主賓は俺達だ」
 この気の張り詰め具合から見て、もうすぐだろう。この城を赤く染め、ぶつかりあう剣と、闘争の叫びが伴奏となる、血の舞踏が始まるのは。

「さて、と」
 案の定、中に入り込んだところで四方から襲い掛かってきた。際限無く涌いてくるように思えるその全てを斬り倒し、ほぼ最奥まで到達する。どうやら、兵の数も尽きたようだ。
「それにしても、あれだけの乱戦であっても、一人も殺さないなんてね。それも、筋や腱を斬らないように配慮までして」
 神術――神の術などといったところで、しょせん人間が使うものだ。切り傷や骨折、打撲ぐらいなら治せても、筋まで治すのは不可能に近い。
「剣士、戦士としての命を奪えば、ある意味で肉体の死に等しいからな」
 剣に、戦いに生きてきたものの答え。もちろん、言葉としては甘いことこの上ないが、それも、相手がただの傭兵だったからだ。いくら彼でも、人を傷つけたり殺したりするのを好むような者に慈悲はかけない。
(というより、そういう奴が剣を持てないようにする事のほうが、世の中の為だ)
 そして、気が楽だったのは、ファーリアの持っていた兵も、そしてリアレスの兵も、皆休暇を取らされて居なかったことだ。
 クライトに聞いてはいたが、実際そうだとは。
(まぁ、その男なりの理由があるのだろうが、な)
「それより、この奥で最後か?」
 もともと彼女の父の、そして彼女の城だったのだ。誰よりもよく知っているはず。
「そう。その部屋を抜ければ、後は領主の部屋まで一直線よ」
「やはり、な」
「どうして?」
 何を言いたいのか。
「外からでも分かる。これだけの気を発しているんだ。尋常じゃない遣い手だな」
 禍々しい、人を殺す事に慣れている者の気。鋭く尖ったそれは、暗殺者……それも、亡霊クラスの。
「最後の守りってことね」
「そういうことだ」
 クードは、ゆっくりと扉を開いた……。


[再会と決別]
「お初にお目にかかる」
 入ってきた二人を見て。クードに向かい、一礼する。
「ほう。亡霊を飼っているのか」
「いかにも。私はリアレス配下のエンフィールと申す者。お見知りおきを」
「……と言っても、じきにお別れとなるわけですが」
 自信ありげな――挑発的な笑みを浮かべてみせる。
「……さぁ、それはどうかな?」
 不敵なやり取りが繰り広げられる中、少女はじっと黙っている。男に気圧されているのではない。むしろ、怒りと恨みで声が出ないといった感じ。
「……」
「やはり……あなたね」
 胸に詰まった想いを、吐き出すように。
「お久しぶりですね。ファーリア様」
 やはり、忘れてはいなかったか。
「知り合いか?」
 何らかの遺恨があるのは、少女の様子を見ていれば分かる。仇を見るような目だ。
「彼女が最も信をおいている家臣を斬りましてね」
「そうか」
 ぎゅっと握り締められた手。かすかに震える体。

「さ、お嬢様。先に行きな」
「……クード!?」
 一体、何を言っているのか。
「目的は俺なんだろ?」
 違うのか? そんな断定した感じで語りかける
「ふっ。見抜かれましたか」
「それだけ気を放っていればな」
「なるほど」
 確かにそう言えば。と、変に納得してみせる。
「そういう事です。お嬢様はどうぞそのままお進み下さい」
「……」
「私がここに居るのも、あの方の護衛ではなく、私自身の愉しみの為なのですから」
 お前達の事などどうでもいいのだ。そう言っているようにも聞こえる。いや、言っているのだろう。この男にとっては、強敵との殺し合いこそが存在価値なのだろうから。
「クード……」
 心配そうな声と瞳。彼の強さは十分に分かっているが、目の前の男も、本当に強い。
「わかっている。決して負けはしない。お前が選んだ者だ。もう少し信頼しろ」
「うん」
 しっかりと前を向いて、歩き出す。けして過去を忘れたわけではないが、そこに留まることもしない。どこまでも強く、またそうであろうとする少女。
「悲しいときは思いきり泣け。胸ぐらいは貸してやる」
 それだけに、いつか潰れてしまいそうで、せめて心の支えぐらいにはなりたいと思う。
「……ありがと」
 奥へ続く扉が開き、少女が消えていった。


[血戦 〜対決〜]
 明らかに他とは違う強敵を前に、剣士の、戦士の血が騒ぐ。
 自然、顔が笑みを浮かべる。
「良い表情です。まさに戦鬼。久々に、愉しい殺し合いが……出来そうです!」
 踏み足も勢いよく、一足飛びに間合いを詰める。
 広いとはいえ、しょせん一つの部屋。すぐに互いの殺界に入る。
 右切り上げ、横薙ぎ、逆袈裟、突き。今回戦った相手の中で、ほぼ最速。そして、片手で持ちながら、剣の重みと速さに振り回されていない。腕力以上に、技術を要する。
 そして、その全てを皮一枚――剣風すら見切っての――で躱す。
「ふっ!」
 最後の突きを交わし、右に回り込んで、持ち手を狙って払う。
 ダン!
 刃が触れる瞬前、エンフィールの右足が、床を踏み抜かんばかりに叩き、左へ跳んで避ける。
 着地。跳びの勢いを殺さず回転、向き直りつつ右切り上げ。回転の勢いも加わり、さらに迅い!
 ガッッ!!
 剣の半ばに自らの愛剣を叩きつけ、止める。
 バッ! っと、互いに後ろへ跳び、間合いを取る。
(やるな……。この若さでそれだけ遣う者は、そういない)
「最高です。ゾクゾクしてきますよ。すばらしい遣い手だ」
「さすがに“最強”を冠せられた亡霊だけのことはある」
 狂気を思わせる狂喜。次にどんな業を仕掛けるか、それに対してどう躱され得るか。そんなことが頭の中を高速で流れる。この男もまた、十二分に自身の言う“戦鬼”である。
「中々だよ。実際な」
 誉め言葉ではないが、挑発しているわけでもない。「最強」にとっては、あくまで「中々」でしかない。
 少なくとも、今までの業は。

「さて……。では、こういうのはいかがかな?」
 冷たく、冥い、圧倒的な陰の気を放つ。同時に、気配そのものが朧げになる。
「虚冥(きょめい)……そう名付けました」
 その声すらも現実感が無く、薄い。
 ……。
 音も無く間合いに入り、剣を振り下ろす。
「!?」
 完全に虚をついたと信じたその斬撃は、あっさりと受け止められていた。

「あいにくだが、俺にはそんな小細工は通用しない」
 いつか誰かに放った台詞を、そのまま返される。
「のれんに腕押し。気をそのまま流せば、そんな術に嵌ることも無い」

 例えば、この場にいたのがソォトだとしても、彼の無神経なまでの図太さによって外されるだろう。それが技術なのか、本人の資質によるものかという違いはあれども。
 どんなものであれ、無敵ではありえない。必ず、それを破る業、術、方法……人物が存在する。

「そして、俺はお前より巧くそれを遣える」
 その言から、今度は自分に対して仕掛けて来るだろうと、思わず身構える。が、そのようなことはなく、伝説的暗殺者はただ苦笑してみせる。
「いや、遣えた……か。だが、破り方すら忘れてしまったわけではないさ」
 そういって、ニヤリと笑う。明らかな挑発。格下らしく、真正面からぶつかって来いという。
「いいでしょう。私も、本気でやらなければならないようです」
 彼の背から、漆黒の焔が立ち上るのが見える気がする。
「人殺しを愉しむ者の色だ」
 すげなく言い捨てる。
「しょせん同じ穴のムジナ」
「それとも!」
「貴方は違うとでもいうのですか!!」
 左胴、右肩、面……斬るのではなく、叩きつける。振り抜くのでなく、戻す。“無剣”のソォトが好むやりかた。
「違わないが、違う」
 裂帛の気で打ちつけるエンフィールに対し、最強の亡霊は静かに逸らし続ける。
(迅さもソォトのそれに僅かに劣る。技術の方もだ)
 それは、単純に普段からその闘い方――慣れの問題でしかない。
「一つ忠告してやろう。俺はお前よりも巧い奴と闘っている。そのやりかたでは――」
「なるほど、通用しませんか」
 声は背後から聞こえた。乱打で意識を前に繋いでおきながら、瞬時に背後に回る。感覚の上でも死角となっているそこに、刃が振り下ろされる!

「そういうわけだ」
 派手な金属音が響く。虚を突いたと確信していたが、それでも受けられた。渾身の斬撃を、右手一本、それも後ろ手で。
「なかなか重いな」
 痺れはすぐ取れる。それぐらいのものではあるが、今現在痺れているのも事実。
「安心しろ。後ろ手で受け止めたんじゃない」
 予想以上に疾く、振り向く暇が無かった。一撃の重さから考えて、不完全な態勢で受けたくはなかったが、そうせざるをえなかった。
(やはり、強いな)
 それも、恐らくはまだ伸びる。あるいは、自分以上に。
「ま、今の内に敗北の味を知っておくのもいいだろう」
「来い、小僧。お前の言う“最強”を味あわせてやる」
 構え直し、一気に全てを解放する。噴出す気が、視認出来るほどのそれ。
「これが……」
 城が、揺れている? いや、それは錯覚に過ぎない。
……地震でも起きているような感覚。太陽でも降りて来たかと思うような、眩しいほどの膨大な気。
「おおおおおおっっっ!!」
 呼応するように、エンフィールの気が膨れ上がる。精神的負荷(プレッシャー)による、狂騒状態。
 理性をなくし、全ての反応が反射で行われる、意識しては出せない領域。並の遣い手と違い、体に染み付いた業は自然に繰り出される。相手の業に対する躱しも同様に。
 あるいは歴史にのるにふさわしい、最高の一戦が始まった。


[血戦 〜終結〜]
「がっ……はっ!」
 膝を着き、血を吐く。無数の浅くない斬り傷に加え、肋骨も幾本か折れている。左肩も砕けた。
「……」
 その様子を見下ろす最強の亡霊も、いくつもの傷を負い、また消耗している。
「くそっ!!」
「引き出しを開けられ、全て引きださされた状態で負けた。完璧な敗北です……」
 意識して出せる全力の、さらに一段下。その力に、肉体が耐えられないほどの。だが、それゆえに、その戦闘力は意識下の二倍にも三倍にもなる。
 そして、その状態のエンフィールを、通常のままで打ち倒した。実際の実力差は、いかほどのものか。
「殺しなさい」
「……断る」
 半ば自暴自棄になっている若者に、年長者はあくまでも冷静に諭す。
「なん、ですって?」
「お前はまだまだ伸びる。俺は未来ある芽を摘んだりはしない」
「再戦を約束しよう。腕を上げて、また挑んで来い」
「……」
 言葉の意味をかみしめるような、しばしの沈黙。
「次に会った時は」
 傷と疲労のせいもあり、一語一語ゆっくりと。噛み締めるように。
「必ず越えたということを見せてあげますよ」
「……ふっ。俺が生きている内に越えてくれよ」
「……言ってくれます、ね」
 命をかけて、全身全霊でぶつかり合った時に友情が生まれるというのは、あるいは幻想でないのかもしれない。
 ともかく、この日一人の亡霊が死に、剣士が生まれた。


[終わりは自らの手で]
「さて、と。この扉の先ね」
 数カ月前まで、自分自身が使っていた場所を、いくぶん感慨深げに見つめる。
「開いている」
 ノックをする前に、中から声がかけられる。聞き覚えがある。というより、忘れられるものか。この声は――。

「久しぶりですわね。伯父様」
「ああ。とっくに死んだと思っていたが、存外にしぶとい」
 皮肉に対し、あからさまに返す。
「さて、今宵は何のご用かな?」
「舞のお相手をお願いに――というのではありませんわ。もちろん」
 ファーリア自身、別にこんなやり取りは嫌いではない。……好きでもないが。
「ふむ……剣は持っておるか?」
「いえ」
「それは困った」
 額に手を当てる。わざとらしく「おお、そうだ」と言ったかと思うと、何やら机をゴソゴソ漁り始める。
「ほれ、これを使うがいい」
 えらく豪華な鞘に収まった小剣を投げてよこす。
「これは?」
「なんだ、知らんのか? 弟――お前の親父と遠征に出掛けた折りの、戦利品だ。古代の魔法技術で鍛えられておって……」
「そうではなく!」
 ふざけるのも、大概にしろと。こうまでしつこいと、さすがに。
 わざわざ、怒らせようというのに乗るのもなんなのだが。
「非常によく切れる。それなら、子供でも首が取れる」
「……」
何の気無しに言う。が、少女の方は、こうなるのを半ば予想していたようで、特に驚きなどは見られない。
「なんだ、つまらん」
「……」
「お返しします」
 即座に、無造作に剣を放り返す。手渡しをしてやるほどの義理は無い。
「どうした?」
「私には、必要ありませんので」
 それだけ言って口を閉ざす。
「……」
「お前は、私に討ちに来たのだろう?」
「いいえ」
「ですが、領主の座はお渡し願います」
 きっぱりと言い切る。その瞳にも迷いはなく、ただ強い意志だけが感じられる。
「……子供か」

「一つ言っておこう。自らの手を血で濡らしてこそ見えるものもある。善人になろうとするのはかまわんが、それだけではいかん」
「私は、そればかりが道だとは思いません」
 相手の勘違いに対し、きっぱりと言い切る。信念の違い。それは、彼女の父とも違う、彼女自身のもの。そして、それを変えるつもりは今のところ無い。
「それに、私が手を下さないのは、それが理由でもありません」
「なに?」
 怪訝な顔を向ける。姪の真意を計ろうとするが、それよりも早く次の言葉がかけられる。
「貴方は自害するのです。自らの行いを悔いて」
「……」
 その瞳に揺らぎはない。
「……なるほど、想像以上だ。弟は子にも恵まれたいたようだな」
 悪徳領主は武力で打ち倒されたのではなく、あくまで自殺するのだ。本来の領主であるファーリアに会い、自らの間違いを知り、非道な行いを後悔して。
 政治的にも考えられた、幼い子供とは思えない思考。あるいは、四十年以上生きてきた自分よりも優れているかもしれない。
「器の大きさも、比べ物にならぬほど大きい」
「ただ一つの心配は、それに見あう男がいるかどうか、だな」
 不幸にはさせたくはない。そんな、人間らしい感情が久方ぶりに湧いたことに、彼自身とまどっている。
「心配はいりません」
 ゆっくりと、あくまで静かに。
「もう見つけております」

「そうだ。最後に一つ言っておこう」
 剣を抜き、突き立てる直前に動きを止める。まるで本当に、今まで忘れていたとでもいうように。
「なんでしょう」
 言い残したことでもあるのだろうか。それとも、ただの。
「お前の父を殺したのは、私ではない」
「……」
 思わず相手の目を見る。そこに嘘は無い。
「あれは純然たる病だよ。そして、目標でもあり、憎悪の対象でもあった弟が亡くなったことで、はけ口がなく、歯止めがきかず、暴走した」
「言い訳にもならんがな」
 自嘲気味に苦笑する。無論、ファーリアも、それで許せるなどというものでも無い。だが、少なくとも幾分気は晴れた。
 その姿を見やり――あるいは、その後ろに、成長した彼女の姿を浮かべていたのかもしれない――穏やかな笑みを浮かべる。
 そして、自らの首に、その刃を――。
「やめて!!」

「……マイア?」
 扉を開けて飛び込んできたのは、どうやら領主殿の知り合いらしい。
「……なにを。帰れと、言ったはず――」
「いいえ! 貴方を残してなど」
(……なに?)
 さすがに、話の流れが全く分からない。それに気付いたわけでもないだろうが、そのマイアとかいう女性が、ファーリアの方へ向き直る。
「お願いが……あります」

「終わったか」
 ファーリアが扉を開けると、クードがその横の壁にもたれかかっていた。
「聞いていた?」
 声は静かなのだが。
「ああ。ほぼ最初からな」
「そう」
 何げないふうを装っているが、僅かに動揺しているのが分かる。そして、頬も少し紅潮している。
 聞かれたくなかった部分。これでは、知らずして告白したみたいではないか。
 鈍感なこの男が気づいているかは、ともかくとして。
「そっちは?」
「見てのとおりだ。軽傷とは言わないが、無事だよ」
 ところどころ破れた衣服をはたいてみせる。
 傷口を打ったのか、短く呻く。
「……もう」
「見せなさい。応急手当ぐらいはしてあげるから」


[再会を誓って]
「さて、と」
 とりあえず、薬と包帯。だが、それだけで十分なようだ。やはり人間離れした肉体を持っている。
「あれで……良かったのかな」
「あの二人のことか?」

 結局、彼女の熱心な説得により、レアリスと共に、見逃した。
 彼を救う為に紡がれた、いくつもの言葉。その全てが心からの物であり、ファーリアの内へ届いた。
「一応、隠し通路から行った方がいいと思うわ」
 決め手となったのは、彼女の言った「彼が死ねば、悲しむ人がいるんです!!」という言葉。他に何人いるかは知らないが、少なくとも、彼女は。
「本当に、それでいいのか?」
 レアリス――伯父は、いまだ躊躇っている。この場で人生の幕を引くつもりだったのだろう。
「私はね、殺さなくて済むなら、それが一番だと思っているの。誰であろうと、ね」
 もう、それだけの理由は無い。と。
「『悲しむ人がいるなら、死ぬべきではない』」
 父の言葉。それを言う時、いつも遠くの誰かを想う、哀しい顔をしていた。
「罪を犯したと思うなら、その分誰かを幸せにして下さい」
「そして、あなた自身も、幸せに」
 少女は、目に涙を浮かべ、両手をギュッと握りしめているマイアを見る。
 そしてリアレスも、同じくその女性の方を見る。
「わかった。甘えさせてもらう」

「そうだ」
 本当に最後の時――おそらく、もう二人に会うことは無いだろう――またも思い出したように。
「お前の母の部屋」
 だった所。長い間使われていないが、一応掃除などはされている。
「三番目の引出しの奥に、鍵が貼り付けてある」
 その部屋には、鍵が無くて開かない箱が、本棚の奥に隠すようにして置かれていた。
「お前に必要かはわからんが――」
 わずかに口篭り。
「昔、ファナ――お前の母親に渡した物が入っている」

「……童話か?」
「みたいね」
 出てきたのは、厳重に包まれた一冊の本。
「……『空に憧れる鳥』」

「たぶん……お嬢様がそれでいいと思うなら、その決断は間違いじゃない」
「私が……」
 いろいろな――この数ヶ月の出来事が、脳裏を流れていく。本当に、いろいろあった。
 悲しいことも、辛いことも……嬉しい、ことも。
「そうね、それでよかったと思うわ」
 心から。そう。

「そろそろ聞かせてもらおうか?」
 なんとなく、意地悪な色の宿った瞳。
「……誰を暗殺すればいいんだ?」
「くすっ」
「ごめんなさい。依頼はキャンセルです」
 本当に、嬉しそうに。
 
「ああ、そうね。キャンセル料――か」
 キャンセル料……彼がやってくれた事を考えると、正規の報酬を支払っても、十二分におつりが来るだろう。
 あのマイアという女性にしたって、クードがすんなり通してくれたから、間にあったのだ。
(下手をすれば、あの女性(ひと)に仇として狙われるかもしれなかったのよね)
「う〜ん……」
 どんなものがいいか。
最も、彼にふさわしいもの。ファーリア自身が、あげたいもの……。
(そうね♪)
 いいものを、思いついた。

「そうだ。ここの領主なんてどう? 絶世の美女が妻としてついてくるわよ」
 茶目っ気たっぷりに言って、人差し指を突きつける。
 もちろん、冗談などで言っているのではない。
「……ふ、そうだな。六年後、受け取りに来よう」
 返す方も、あくまでも。
 そして――。
「……ん」
 触れるか触れないかの、軽い口づけ。
「手つけがわりだ」
「ロリコン」
 実に嬉しそうに、あるいは年相応の笑顔を見せる少女。そういえば、今まで一緒にいて、こんな笑顔を見たことがあっただろうか?
「だがな」
 これまた、笑いを押さえきれずに。
「たぶん“おじさん”になってるぞ」
「構わないわ。もうそうだしね」
 間髪入れずに答える。悪戯っぽい笑顔で。
「このっ」
「ふふ」



 一人の暗殺者が、一人の少女との出会い、その世界を変えたという……そんな、夢のある話ではない。
 これはただの――。
 そう、ただの、どこにでもあるかもしれない、そんな話。



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[後から言ってみたいこととか]

レッドシェード

レッドナイトメアが元ネタ
(自信過剰剣の腕はあれな術剣士+術剣士は、再生能力に優れるらしい。あばら全部折られても、数時間で再生とか)

で、最初は、レッドシャドーだったが、あとでそういえば赤影の新版ってそんな……
で、サイクロン、ストームもしっくりこなかったので
(一応、レッドシェードの方は、達人級の遣い手ではある)


戦闘シーンは省略しただけだが、このまま無しでいいかも

最強だから、わざわざ戦闘の経緯なんか書く必要ないって感じで
ある意味、上手い“最強”の表現かなと思ったりして



実力がそれなり以上の相手とは戦闘描く……って、なんか戦闘の比重大きくない?
最初は戦闘二回のつもりだったのに(いや、戦闘の数自体増えてるのもありますがね)




戦闘シーン書くの苦手なんですよね。文章で書くと、どうしてもスピード感が
それを重視すれば出来なくも無いんだけど、頭で浮かんだ画……戦闘シーンを、そのまま伝えたい
しかし、それをやると、どうしても説明過多になってしまう

以前ファンタジーものの戦闘で、受け→流し→カウンター の技を思いついた
が、その動きを正確に表すと、どうしても長くなる……で断念
その後、ほぼ同じ技が古流剣術の技として有ることを知ったんですが、だからと言って、その名前一語で済ませられるわけが無い
「袈裟懸け」くらいなら分かるだろうけど、あんまりマニアックになると……ねぇ

格闘やなんかやってると説明しやすくなるのか? それとも、そっち方面の才能が無いだけ?
(何の才能があるかは…………)


中盤一部駄文

スランプ時に自分でも「駄文だなぁ」と思いながら書いた所が。一応直したけど……



序盤一部駄文

書き上げのラストに残った所。ラッシュでスパートでしたので、あまり頭使わず書ききってしまった……
(一応直ったような)

……全部駄文だよ! とかは禁句




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2004 5/27追記

何気に主人公の名前が間違ってたり(最終稿で一箇所)、
ほんとーに色々あったなぁ
なんというか、まぁ、いろいろ






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